02 思い出と共に
高校を卒業した後、僕は住んでた街を出て行った。
友達のほとんどが同じように慣れ住んだ街を離れた。
自分達の住む街が、田舎だというのは本人が一番よく知ってる。
誰でも都会への憧れはあったと思う。
至極当たり前の事だった。
ただ憧れだった都会の生活も想像してたものとは明らかに違っていた。
仕事に無我夢中で、日々過ごす事に追われる毎日。
楽しかったのは最初だけ。
すぐにマンネリした生活がやって来た。
それでも理想と現実の差に戸惑いながら、頑張るしかなかった。
社会に出るとはそういう事だったのかもしれない。
そんな忙しい中でも僕は五年後の祭りの時期には街に帰って来た。
正月ですら実家には帰らなかった事があったのに……。
美雪との約束を覚えていたからだろう。
当然のように美雪と顔を合わす事はなかった。
別に美雪がいなくても裏切られたとは思いもしない。
現れない方が当たり前だと思っていたぐらいだ。
成長して大人になった今なら理解出来る。
あの約束は、所詮子供が考えた事に過ぎない。
無理でもあの約束をしなければ悲しみを紛らわす事が出来なかった。
その場しのぎでしかなかったんだ。
本当はあの頃も薄々は感じてたのかもしれない。
それにしても五年という数字は思った以上にやっかいだ。
五年後には二十歳、次の五年後が二十五歳、実に区切りがいい。
美雪が言ってた意味が分かる。
忘れようにも忘れられなかった。
だいたいこの考え方だとまるで僕が嫌々覚えてるみたいだ。
僕は素直じゃない。
本音が違ってる事も分かってる。
美雪ならいつか会いに来てくれそうな気がしてた。
そんな気持ちを僕はずっと抱いてたんだ。
だから、僕は約束を忘れずにいた。
約束を忘れられなかった。
美雪との思い出は僕の心の中で、今も汚れのないままずっと残ってた。
「あー、今年もここに来ちまったなぁ」
あの五年毎の約束の日も四回目を迎える。
すでに二十年が経っていた。
つまり十五歳だった僕も、もう三十五歳になってしまった。
今もこうして律儀に帰って来てる。
最早、諦めが悪いとしか言いようがない。
仮に会えたとしたら僕はいったいどうしたいのだろう?
すでに恋愛感情がある訳もないし、さすがにそんな期待をしてない。
答えのない長い約束の結末があやふやなまま消えて欲しくなかっただけだ。
今、幸せだったらいい。
それを聞けたら何となく嬉しいと思えるような気がしてた。
「毎年毎年、俺も何考えてんだか……」
だが、それも今年で終わりそうだ。
この街は過疎化が進み、次春には隣街と合併する事が決まっていた。
それ伴い、残念ながら祭りは今年で最後になるらしい。
約束の主である祭り自体がなくなってしまう。
ある意味いい機会に思えた。
僕の意地とも言える守ってきた二十年越しの約束も終わりにしてもいい、と。
「さてと。じゃあ、今年もここで待ちますかっと」
祭りをしてる神社を上に登ると小高い丘がある。
ここが僕と美雪のお別れをした場所であると同時に、再会の約束をした場所だ。
さすがに祭りという事もあってか、大分混雑してる。
僕は手すりに体を凭れかけ、来る当てもない美雪を毎度のように待っていた。
する事もなく街を見下ろしながら……。
ここは街が一望出来る場所でもある。
いつ見ても殺風景で同じ景色。
僕が出て行った時と全く変わってない。
中学や高校の頃は、この田舎臭い景色がどれだけ嫌だった事か。
だが、それも歳と共に感じる感覚が変わっていた。
変わらないからこそいい所がある。
安心感というんだろう。
穏やかな気持ちになれる。
それが僕にある決断をさせたんだ。
僕は今関わってる仕事を終えたら、この街に戻ってくる事を決めていた。
幸いな事に伯父の会社が人不足で僕に声をかけてくれた。
だが、恐らく半分ぐらい理由は違ってる。
僕が戻って来れるように両親が伯父に頼んだんだろう。
確かに今なら戻って来るには丁度いい年齢かもしれない。
心配する親を安心させてあげたい気持ちもある。
何より、離れてから余計に育ってきた街への愛着が生まれていた。
そして、ここで暮らしてれば美雪がもし帰って来た時、気づく事が出来る。
「……はははっ。また言ってる」
その呆れた考えに、思わず笑ってしまった。
帰郷の理由を美雪に擦りつけてる。
つい数分前には、もう約束の事を考えるのは最後にしようと思ってたはずなのに……。
すぐにこの様では、次の五年後にも期待して待ってる自分が容易に想像出来てしまう。
更なる五年後に期待してる辺り、今年も美雪が来ない事を僕は悟ってるようだ。
ベンチに腰掛けると、穏やかな風のせいもあってか僕は眠気に襲われる。
僕は側にあった木に凭れかかり、そのまま転寝をしていた。
転寝にしてはやけに深い眠りだった気がする。
「陽太、起きろ」
祭りの太鼓の音が遠くに聞こえていた。
だけど、その音に交じって、僕を呼ぶ声が耳に入る。
それは遠い日に聞いた事のある懐かしい声だった。




