01 約束
――約束。
単純で小さなものから、破ってはいけない大きなもの。
その一つを取っても色々な意味を持ってる。
大切なもの程思い入れは強いだろう。
誰でも一度ぐらい、そんな約束を交わした事はあると思う。
僕にも大切で、そして忘れられない約束がある。
遠い昔に交わした約束。
だけど、歳を重ねていく内に、その約束が現実味のない事だったと思わされる。
勢いというか、若気の至りというか。
ただ、それでも決して小さなものとは思えなく、約束した当初は確かに大きな意味を持っていたんだ。
中学の頃、僕には付き合ってた彼女がいた。
井上美雪。
小学校からの同級生だった。
元気で明るい所に惹かれて、ずっと片想いしてた。
付き合いが始まったのは中学に入ってすぐのこと。
意外な事に告白は美雪の方からだった。
僕は自分が何の取り柄も特徴もない平凡な人間だと思っていた。
だが、美雪にはそう映ってなかった。
穏やかで優しい僕を密かに見てくれてた。
お互い両想いだったと知った時の喜びようは今でもよく覚えてる。
しかも僕と美雪は初恋の相手同士だった。
運命でも感じるように付き合いは必然的に始まった。
尤も、付き合うとは言っても、そこは中学生で奥手な二人。
僕らの交際は純粋そのものと言っていい。
他愛のない会話に心を弾ませたり、くだらない喧嘩を繰り返す。
何をする事もなく、ただ一緒の時間を過ごしていた。
手を繋ぐのにも有りっ丈の勇気が必要だった。
それでも十分満足してた。
いや、今ならそういう付き合いの方が楽しかったとさえ思える。
ドロドロした大人の駆け引きがかった恋愛を経験した今の僕には。
ただ僕らの別れは突然訪れ、そして切ないものだった。
中学三年生の夏、美雪は両親の仕事の都合で海外に行ってしまう事になった。
いつ日本に帰って来れるかも分からない。
言わば自分達の意志とは関係なく、離れ離れになってしまう。
納得の出来ない別れを突きつけられ、やり切れない気持ちはあった。
だが、すぐに残った時間を大事に過ごそうと前を向いた。
一生会えなくなる訳ではない。
いつかまたきっと会えるから、と。
無理に綺麗事に縋ろうとしてた。
当然のように別れる日が近づくにつれ、不安は拭えなくなっていく。
それを振り払うかのように初めて体を重ねた。
味わった事のない感覚に体が震えた。
女性の体に柔らく包まれる事を知った。
しかし、そんな体感よりも一つに繋がった事で満たされる気持ちの充実感がこの上ない。
一時の快楽と満足感に浸るものの、切なさは余計募ってしまった。
離れたくないと心から思っても、どうしようもない現実は迫ってくる。
僕と美雪は、やって来る絶望に足掻いてただけだったのかもしれない。
別れの当日は街の夏祭りの日でもあった。
僕と美雪は普段と変わった事をしたくなかった。
例年通り、一緒に祭りに出掛けた。
最後の思い出作りとは思いたくないが実際はそうだった。
僕らは祭り中、つまらない事に熱中してしまう。
出店の射的に意味もなくムキになっていた。
美雪が取れる訳ないと言ったペンダント型のロケットを僕はどうしても取りたかった。
無理な事などないと証明しようとしてた。
そして、あれを取れれば、何かが叶いそうな気がした。
僕は勝手に願をかけてた。
美雪にも途中から僕の気持ちが伝わったんだと思う。
結局、二人で持ってたお金をすべて注ぎ込んで、取れるまで射的をやり続けた。
手に取れば何の事はない、ただの玩具のロケットなのに。
僕はまるで婚約指輪でもプレゼントした気になってた。
「私、陽太の事、ずっと忘れないと思う」
別れ際に美雪がそう呟いた。
「来年もここで会おう」
僕は美雪にそう返事をした。
もちろん無理だと分かっている。
だが、言わずにはいられなかった。
「無理だと思うよ」
簡単に来れる訳がないのは僕より美雪の方が分かってる。
「ダメなら再来年、いや、もっと後でもいい。会おうよ」
「三年経ったら高校生か。そのぐらいなら一人でも戻って来れるかな? でも、難しいなぁ」
寂しいだけのサヨナラをしたくなかったんだと思う。
未知なる未来に思いを馳せていた。
「……じゃあ、こういうのはどう? 五年。五年後に会いましょう」
「五年? ちょっと長くね?」
「いいの。五年も経てば、その時はどうにかなると思う」
確かに美雪の言う通りだ。
五年も過ぎれば僕と美雪も二十歳。
現実味はある。
「もし五年後に何かあって来れなかったら?」
「うーん、そうね。そしたらまた五年後。それもダメだったらまた五年後に会うってのはどう?」
「五年間隔って。オリンピックより長いじゃんか」
「ふふふ。そうね。でも、区切りが良くていいじゃない。きっと忘れないと思うわ」
それは子供染みた約束。
だが、無理だとは思ってなかった。
「五年後がダメだったら、また五年後。……うん。いいと思う」
美雪は一人納得していた。
悲しい雰囲気も出す事も、涙を堪えてる訳でもない。
すべてを悟ったような笑顔だった。
「どんな風になっててもいつか絶対会おうね」
「ああ。絶対」
泣かずに笑顔で別れられたのは、この交わした約束のお陰だと思う。
最後の最後まで美雪は僕に最高の笑顔を見せてくれた。
こうして、美雪は僕の前からいなくなってしまった。
忘れられない約束を残して。