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それでも、好きな気持ちは 切なく苦しい

「薫は、妻なんだ。」


黒之祐さんから告げられた「妻」と言う言葉に、ズキンと胸が傷んだ。


妻…。妻って。

黒之祐さんは、結婚しているんだ。


私達より少し歳上ぐらいなのに、落ち着いていて、心配りもできるのが不思議だったけど、病床の奥さんを支えながら働いていたからなのだと解った。


大人で落ち着いていて、優しい黒之祐さんを好きだから、一緒に居たいと思ったのだった。


それが淡い恋心だとしても、必死に奥さんを支えて生きている黒之祐さんに対して、浮わついた気持ちの自分を恥ずかしく思った。


悲しみの最中にいた黒之祐さんに、「気に入った女の子を連れ出して消えた」みたいな無神経な発言を、パーティーの時に言ったことを思い出した。

やきもちからのひねくれた発言を、恥ずかしいと後悔した。


そんな発言をした私を、軽蔑もせずに自分の事は何も無かった様な素振りで、クリスマスプレゼントをあげるなんて言ってくれたから、 

遠慮もせず、イルミネーションに行きたい気持ちが強くて甘えてしまったのだ。


辛いことがあったのかもと思ったけれど、「妻を亡くした」と言う事は想像もしていなかったから衝撃的で、「失恋した」と言う自分の気持ちなど吹き飛んでしまい、彼の心配りや冷静さが心配になってしまうおかしな感覚になってしまった。


「それでね、林檎ちゃん。仕事なんだけど、今まで手伝ってくれてありがとう」


「え?」


それは、お手伝いはもう終わりって

って言う事なのだと直ぐに解った。


いくらなんでも今までの態度は失礼すぎたし、優しい黒之祐さんでも、流石に迷惑だったんだ。


「ごめんなさい。私、本当に何にも知らないからって、沢山失礼な事を言ったりしたし、無神経すぎました‥‥。これ以上 傍でお手伝いなんて無理ですよね。」


「違うよ。そんな理由じゃないんだ。ただ、もう俺には関わらない方がいいと思うんだ。君は、夢も希望も沢山ある学生だから、こんな小さな店の手伝いじゃなくて、ちゃんとバイトとかした方がいいと思うんだ。」 


「え?」


「夜遅くまで手伝わせて、無給なんて今時許されないし。でも、この店で俺達は雇われてるだけたから、オーナーに林檎ちゃんが手伝ってる事は伝えてないんだ。君をバイトに雇用する権利も俺たちにはないから。」


「私、別にお金が欲しくてお手伝いしてた訳じゃないんです。ただ…。」


ただ、夜遅く一人で働いてる黒之祐さんを手伝いたかっただけ。


一緒にいたかっただけなんだなんて、言えない。


「オーナーさんが知らないのに、お仕事のお手伝いは駄目ですよね。‥‥解りました。」


「ごめんね。気が向いたらケーキ食べにおいで。君は、大切なお客様第一号なんだからね。本当に、今までありがとう。」


「いえ。こちらこそ、お世話になりました。」



寮に向かう暗い夜道。

はらはらと涙が零れて止まらなかった。


また、お店にお茶を飲みに行けば逢えるのに。


失恋の涙なのか、

傍に居られなくなった寂しさの涙なのか、

亡くなったとは言え、黒之祐さんに奥さんが居たと言う事がショックでの涙なのか、

解らない涙が溢れて止まらなかった。


悲しくて苦しくて切なくて


だけど、それでも まだ 黒之祐さんの事をどうしようもない程‥‥大好き。








夜風は冷たかった。

もうすぐ春なのに…。風の匂いだけは春を思わせる微かな香りがあった。


「そっか、奥さんだったんだ。」


寮の庭のベンチに座ったままの私を、心配して待っていた優姫が、話を黙って聞いて、一言つぶやいた。


「でも、正直に話してくれて良かったね。私は、林檎の事を好きだとばかり思ってたから、煽る様な事した私も悪いよね。ごめんね。林檎、辛い思いさせちゃったね。大丈夫?」


「大丈夫。辛いのは黒之祐さんの方だから…。」


「うん、そうだけどさ。でも、林檎は?本当に大丈夫なの?…ねぇ、林檎?」


「…優姫。」


「なぁに?」


「…大丈夫じゃないよぉ。本当は‥大丈夫じゃないよぉ。」


「解ってるよ。もう。私の前では、我慢しなくてもいいんだからね。」


優姫の肩は、温かかった。

泣きじゃくる私の背中をさする掌も優しかった。


「直ぐに忘れなくてもいいじゃん。林檎の気持ちが落ち着くまで、遠くからの片思いでいようよ。彼は大人だから、気にしないでいてくれると思う。ね。」


「うん‥」


暫く、休みの日は、優姫や友達と映画を観たり、ショッピングにいったり、夜はドラマを観たりゲームをしたり賑やかに遊ぶ日が続いた。


でも、ふと、夜遅くまで一人で仕事をして、誰も待つ事のない家に、毎日帰っている黒之祐さんの事を思い出していた。


いつか元気になると信じて支えていたのに、もう、待っても帰ってこない奥さんを思って、毎日一人で家に帰る黒之祐さんは、どんな気持ちなんだろう。


私には、優姫がいるけど、

黒之祐さんにとって、お店の人達は仕事仲間だけど、支えてくれたりするのかな。


色々と考え続けた。


正直に話してくれた黒之祐さん。 

本当は、私には、逢いたくないけど

傷つけないように、ケーキ食べにおいでっていってくれたのかな‥。

だから、このまま 逢いにゆかないで、忘れた方がいいのかな‥‥とか。


違う、黒之祐さんは、そんな人じゃない‥と思いたい。


本当に優しくて、温かい人。


大好きだよ。


忘れるなんて、出来ないよ。


逢いたい‥‥


やっぱり 逢いたいよ‥。


でも、本当に逢いに行ってもいいのかな‥。



だから、長い春休みのある日、

優姫に頼んで一緒にお店に行く事を決めた。




「苺とラズベリーのときめきケーキです。」


久しぶりにお店を訪ねた私達に、亜論さんが春らしいケーキを出してくれた。


「こんな可愛いケーキが売り切れずに残ってたの?」

 

「違うよ。明日から出す新作を、二人に味見をして貰いたいからね。ゆっくり食べてね。」


「わぁ~。いいんですか。嬉しいっ。林檎がお客1号のお陰ね。」


「紅茶はアッサムでいれたよ。」


店長の進さんは、今まで通り、変わらない心配りをしてくれる。


「店長、私、お礼のホワイトデー貰ってないですよ。」


「えー?友チョコにもお礼いるの?」


「当たり前です。」


「ごめん。亜論さん、優姫ちゃんにパフェ類付けてあげて。」


「じゃあ。一番高いパフェ出しときますね。」


このお店は、黒之祐さんだけじゃなく、皆が優しい。

どうして、優しくてキラキラしてるんだろう。

それは、初めて来た時から変わることがない。

通う内に、私もこの人達の様に、優しくてキラキラしたいと思った。


繁盛してずっと続くお店になって欲しくて、友達を何人か連れていったのだ。

オープン初日は閑散としていたのが、いつの間にか地域の憩いの店になっていた。


進さんは、店長と言うだけあってお年寄りにも主婦にも学生にも、細かい心配りをしてくれる。


亜論さんのケーキは、女性客だけでなく、午後~夕方には色んな人が求めてお店にやって来るほど評判がいい。

甘過ぎず重たくないから 

本当はワンホール食べても大丈夫だと思うほど美味しい。


愛さんは、アイドルみたいに可愛い。

誰よりも明るくて元気に接客しているし、うちの大学に沢山友達が出来て、愛さん目当てで集まってくる子達もいたりする。


黒之祐さんは、相変わらずCOOLで、静かに微笑んでいて、年のわりに落ち着いてるから主婦のお客さん達に、わざわざ呼ばれたりしている。


これは、ちょっとヤキモチを焼いてしまうのだけど。


新作のケーキを食べながら、大人の女の人と静かに会話する黒之祐さんを、さりげなく見ていた。


華やかな春が、もうすぐ始まる。

お店の飾り付けもメニューも、桜色。

黒之祐さんの気持ちも、少しは晴れたらいいなと思う。


失恋したのに、私は黒之祐さんの何のつもり?と自分で思った。


「美味しい?。」


「新作?美味しいよ。春~って気持ちになります。」


愛さんが、ケーキの感想を聞きに来たのか、私の横に立っていた。


「あのさぁ、林檎ちゃん。今夜、寮のお部屋に遊びに行ってもいいかな?」


「え?私の部屋に?お友達のお部屋に行かないの?」


「男の人のお部屋は、女子禁止でしょ。」


「花王君の他にお友達いるでしょ?」


「えー?林檎ちゃん。私はお部屋にいれてもらえない存在なの?」


「いえ、そんなつもりじゃなくて、愛さん、いつも四年生の女子部屋に来てるのに、私の部屋に来るの初めてでしょ?」


「そうだったね。だから今日、お初でお邪魔してもいい?急には困る?」


「いや、急に来られて困るわけじゃないんだけど、急すぎてビックリしただけ。」


「じゃあ、夕飯終わった頃にお邪魔するね。ぁ…お泊まり、オッケ?」  


「泊まり?明日、授業が午後だけだから大丈夫です。」


「やった。じゃあ、あとでね。」


軽く弾みながら、愛さんはテーブル席のお客さんの元に話しかけにいってしまった。


優姫は、進さんからのパフェと新作ケーキをXにあげるのか、写真を撮ったり何か書いたりしている。


「これで、いいかな?亜論さん、明日から忙しくなるよ。」


「ありがとう。でも、あんまり忙しくなると、二人が入れなくなるかもよ。」


「えー!来るときは連絡するから、ケーキ残しといてください~。」

 

優姫は、いつも以上におどけたりして、盛り上げてくれている。

切ない気持ちがないと言ったら嘘になるけど、思い詰めた気持ちで黒之祐さんを見ることがなくて助かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 純粋にただただ一人の人を想うって気持ち、林檎ちゃんの真っ直ぐさで思い出させてもらえてます。 こんな素直な女の子、愛おしく思わずにはいられないはずなのに、黒之祐さんの抱えているものの大きさが切…
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