俺達の真実
翌日の午前中、俺達は、錦病院の院長室で、治験チームの責任者と製薬会社の担当者と今後、一人一人の契約上での責任について話し合っていた。
自由は許されるが、自分の立場や契約に関わることが漏れてはいけないからだ。
特に俺と愛ちゃんが関わってくる話が、中心になった。
「貴方の性格として、嘘をつけないのであれば、正直に話したらどうですか?」
「正直に…。真実を話していいのですか?」
「ええ、勿論治験薬については話さないでください。薫さんがどういう人かを話せば、彼女は、貴方と距離を置くかもしれません。それを貴方が望んでいるのであれば、正直に伝えればいいんじゃないですか。癌治療中であることも。」
「霧島さん、正直に伝えられる?」
愛ちゃんは、不安そうに俺を見た。
愛ちゃんも、正直に癌患者だと伝えればと言われたのだ。
ただ、それ以上の事は伝える事は厳禁である。
秘密の治験薬の話は、死んでも漏らしてはいけないのだ。
たがら、天涯孤独の末期癌患者を選んだ。
恋をしたかった愛ちゃんが、癌患者であると恋人に伝えるなんて辛すぎるだろう。
もう一つの治験薬も、このまま順調に投与してゆけば、元気に生きられるが、合わなければ薫のように命が尽きてしまう。
恋人の突然の別れは悲しすぎて、彼の今後の人生に影響があるだろう。
伝えるのなら、まだ付き合った日も浅い内に伝えた方が良いのかも知れない。
俺の場合も同じだ。
薫の存在を伝える事と、俺の命の期限は長くないであろうと言うことを伝えなくてはならない。
例え治験薬が効いて、本当に癌細胞が消えても、俺は長くは生きられないのは解っている。
もう一つの秘密の治験薬は、夢の薬かもしれない。
効果があったとしても、
人には、寿命ってものがあるからだ。
薫も寿命だったのかもしれない。
癌細胞は、完全に消えていたのだから。
正直に伝える…。
林檎ちゃんに…。
それが、悲しませることになるのは、最初から解っていた事だ。
だから、林檎ちゃんの気持ちを受け止めないはずだった…。
そうだったのに…。
受け止めなくても、傷付けてしまうのは不本意だ…。
「薫の事だけ伝えることにします。後は、様子を見て決めたいと思います。」
「そうですか。なるべく皆さんと連携して、こちらに相談してくださるようお願いします。」
楽しい思い出を少しの時間でも持てたらと薫と挑んだ事が、こんなに辛くて、少し甘く切ない日々を送ることになるなんて思わなかった。
あの子を泣かせたくない。
今は、その思いだけだ。
薫が妻だと言うことを伏せておくのは、卑怯である。
だからこれだけは、伝えなくては…。
それで林檎ちゃんが悲しむどころか、俺と距離を取るようになれば、それはそれでいいはずだ。
そのはずなのに、
胸がとても痛む。




