凍える心
「ありがとう。これは…友チョコだね?」
「さすが店長。よく知ってるね。」
優姫からのチョコを進さんは、笑いながら受け取っていた。
「俺。今日で友チョコ何個目かな。」
友チョコをお客さんから何個か既に貰っていたみたいだった。
「浦野さん、お客様からの信頼があるんですよ。」
亜論さんは、にこにこ笑ってカウンター裏の積まれたチョコの山を見ながら笑っていた。
「私は明後日、本命チョコを渡すのよ」
愛さんはうきうきしながら嬉しそうに胸を張って言った。
「林檎ちゃんのは、誰宛?」
「え?ぁ…あ、えっと…。」
進さんに急に聞かれて、軽い対応が出来なくて慌ててしまった。
「もぅ、浦野さん。林檎ちゃんは霧島さんに決まってるでしょ?仲良しなんだから。」
「霧島さん、さすがに林檎ちゃんからのは受けとるよね。」
なんか優姫が言ってた軽く渡す感じではなく、期待いっぱい、注目いっぱいの「友チョコ贈呈」になっているムードに、どうしていいのか解らなくなった私は、黒之祐さんに顔を向けられずうつ向いてしまった。
「まさかの本命チョコ?」
愛さんがワクワクした声で煽るから、慌てて打ち消すように、
「いつも、寮まで送ってくれるから。ありがとうって伝えたかったからで…。その、お礼の気持ちです。これ。」
そう言って黒之祐さんの手に包みを押し付けて、私は店の外に飛び出してしまった。
恥ずかしくて、寮への道を走り続けていた。
よく考えたら黒之祐さんの仕事の手伝いがあるのに、どんな顔して戻ればいいのか。今日は行けないと連絡をしようか。
悩んでいると、突然後ろから誰かに呼ばれ立ち止まった。
「金野?金野林檎だよな。」
振り向くと、男子寮の花王すぐる君が私に向かって歩いて来ていた。
「何?」
「お前さ、ジブラルタルの愛って知り合いだよな。」
「うん、仲良くしてもらってるよ。」
「これ、渡しといてくれないか?」
花王君は、私に小さな袋を渡してきた。
「車の中にあったんだ。あいつの忘れ物。多分大事な薬なんだ。食後に飲んでたし。」
「薬?」
ビニール袋にカプセル状の薬が数個入っていた。
「あいつ元気で明るいけどさ、時々体調辛そうなんだよ。14日、約束してるんだけど、さすがに2日間飲まない訳いかないだろ。」
「さっき。元気そうだったよ。」
「お客がいたら、そう振る舞うんだろ。だから心配なんだ」
花王君が、愛さんの本命チョコの人なんだ。
愛さんの事を本当に大事に思ってるんだと羨ましくなった。
愛さんは、ちゃんと気持ちを伝えるのに、私はごまかして逃げてきた。
逃げてちゃいけないんだ。
ちゃんと黒之祐さんに伝えなきゃ。
私の気持ちを。
伝えないと何も前に進めないもの。
「花王くん。今からお店に行くから渡しておくね。」
「おお。頼む。愛に無理するなって伝えといて。」
「解った。じゃあ。」
まだ、閉店後の掃除で皆残ってるぐらいだから間に合うはず。
私は、急いで店に向かった。
そして、深呼吸をして、扉をそっと開いた。
「それ、受け取ってあげてくださいよ。他のお客さんからの物と違うはずでしょ?霧島さん、林檎ちゃんの気持ちに気がついてるんでしょ?」
店の奥から進さんの声が聞こえてきた。
「解ってるよ。だから、受け取っていいのか…。」
「薫さんが亡くなって、日も経たないのにそんな気持ちになれないのは、解るけど、少なくともあの子が傍にいてくれてるから、少しは気持ちがまぎれて救われてるんじゃないですか?あの子はお礼の気持ちって言ったんだし、感謝の気持ちで受けとればいいじゃないですか。」
薫さん…。
薫さんって?誰?
亡くなったって?
もしかして、恋人。
亡くなったから来なかった日が続いていて、亡くなったからクリスマスパーティーの日に外に一人で座ってたの?
何も知らなくて。
無邪気にプレゼントとしてイルミネーションに連れてって貰って、
その時から大好きになったなんて、
私って…。
私って…。
子供すぎて、
馬鹿みたい。
黒之祐さんの気持ちも知らないで…。
チョコなんか渡して、浮かれて…。
喜んでくれるかなんて。
馬鹿みたい…。
子供扱いされるはずだよ。
恥ずかしすぎて、
もう、一緒に居られないよ。
もぅ、ここには来ない方かいいのかも知れない。
そう思った私は、声も掛けることも出来ずに そっと店を出た。
悲しすぎて、馬鹿すぎて
歩けなかった。
暗くて冷たい2月の空気が、余計に私の心を凍えさせて、何も考えられなくなって 寮へ帰ることも出来ず
通りの途中で立ち尽くしてしまった。
優姫…。
あんなに、応援してくれてたのに、失恋したって言えないよ。
今は…悲しすぎて…辛すぎて
誰にも逢いたくない。