大好きだけど 大好きなのに
「タルト 11個、紅茶シフォン 19個 チョコケーキ 40個完売 プリン30個完売です。」
「やっぱりバレンタインが近いせいか、チョコ系統のケーキの方がよくでるね?亜論さんにメニュー増やしてもらおう」
冬休みも後期試験も終わって、
私は、黒之祐さんの仕事を手伝う為に毎日、閉店後のジブラルタルに通っていた。
「じゃぁ、林檎ちゃん、宜しくね」
勝手に始めたお手伝いだから、バイト代は勿論出ない。
手伝ってる事を知った進さんが、残り物で夕御飯にオムライスやサンドイッチを用意してくれるようになった。
仕事が終わると、テーブル席で二人並んで夕食を取ることも、当たり前になりつつある。
「オムライス。美味しいね。」
「美味しいね。林檎ちゃん、長い春休みは、帰省しないの?」
「しないよ。しても退屈だし、寮には優姫や他の友達もいるから。こっちにいる方が毎日楽しいもの。」
それもあるけれど、黒之祐さんの仕事を手伝って、一緒に夕御飯を食べて、お喋りしながら寮へ送ってもらう毎日が、楽しくて幸せだから、実家に帰る事なんか考えもしていなかったのだ。
高校時代の友達とも会えるかも知れないけれど
今は、黒之祐さんと一緒にいたかった。
ううん、ずっと 一緒に居たいと思ってる。
「今日、愛さん、疲れてたの?元気なかったんだけど」
「彼女は、まぁ色々あるんだよ。」
「色々?」
「そう、色々ね。子供は知らなくて良いことだよ。」
「子供って、私、もうすぐハタチだから、子供じゃないの!黒之祐さんは、すぐに私を子供扱いする!」
いつもだ、いつも子供扱いなのだ。
「もうすぐ誕生日なんだ?いつ?」
「3月30日」
「まだ、1ヶ月以上あるじゃないか。ハタチは、まだまだ先だね。さてと、そろそろ片付けて帰らないと。」
「もう!今でも子供じゃないってばぁ。」
夜の散歩みたいに、寮までの徒歩20分。並んでゆっくり歩く。
話ながら見上げる横顔が、やはり悲しげに見える時がある。
私を寮に送った後、黒之祐さんは、どこへ帰るのだろうか。
そういえば、家族の話をしたことがなかった。妹はいないけど、弟はいるのかも知れない。もしかして、お兄さんかお姉さんがいるから、いつも子供扱いされていたせいで、年下の私を子供扱いするのかも知れない。
「黒之祐さんも門限あるの?」
「まさか。大人に門限はないよ。」
「そうだよね。…家はお店に近いの?」
「え?何?質問タイム?電車で帰るよ。皆 電車通勤。」
「皆?」
「そう。皆。」
「そうなんだ。」
皆の話にすり替えられてしまった。
気がつくと寮の門の前に着いていたから、それ以上話すことはできなくなった。
「電車に乗り遅れないでね。いつも送ってくれてありがとう。」
「おやすみ」
「おやすみなさい。また明日ね」
明日も一緒に過ごして、黒之祐さんの事をもう少し知りたい。
毎日逢うのに、どうして何も知らないのか思い返すと、いつも私の話ばかりだった。
大学の話や自分の好きなアーティストやおしゃれの話を、黒之祐さんは、退屈そうな顔もしないでに、にこにこ笑って聞いてくれる。
本当は、退屈なのかなと思うけど、ちゃんと自分の意見や感想も話してくれるから、適当に聞いてるんじゃないと解る。
本当に優しい人だと思う。
優姫は、相変わらず「林檎を好きだから」って言うのたけど。
そうなのかな?
そうだと、なんだか嬉しい。
だって、私は…。
多分、はじめてお店で話した時から黒之祐さんに惹かれていて、あのイルミネーションを観に行った時から‥‥。
大好き‥‥。
なのに、何にも知らない。
気持ち伝えたいけど、
このままの方がいいのかな。
バレンタインデーにチョコ渡したいな。
お礼みたいつもりで、渡したら大丈夫かな?
チョコ 好きなのかな。
そんなことすら知らない事に、がっかりしてしまった。
明後日は、午前中の授業が無いから優姫と一緒にデパートに買いに行くことにしょう。
「毎晩デートしてるんじゃん。」
「デートじゃない。仕事だよ。」
「そうなのかなぁー。仕事のふりして、楽しそうだったりするんじゃないの?」
「…うん‥‥本当は凄く楽しいの。」
「やっぱり。それで、チョコは何処で買う?霧島さんの好みとか解ってるの?」
「本当に何にも知らないの。ケーキ食べてるのも見たこともないし。」
「じゃぁビター系にしとこう。スパイシーなのもあるしさ」
優姫とあれこれ悩みながら選んでいる時間が、今までにないような幸せを感じた。
探している間、ずっと黒之祐さんの事を考えて、どんな顔をして受け取ってくれるのか考えると、それだけで、どきどきワクワクしていた。
当日に渡そうかな。それとも今日渡そうかな。お礼みたいに渡したいから、バレンタインデーじゃない方がいいかな。
一緒にご飯を食べた後?帰り道?
どうしよう。
でも、迷惑だったらどうしよう。
チョコを貰うとかは考えられない相手だったら…。
あれ?彼女いたりするのかな?
考えもしなかったけど。
やっぱり迷惑だったら嫌だから辞めようかな…。でも、優姫に悪いし…。
どうしよう。本当にどうしよう。
「私も、店長さんに渡そうかなぁ。」
「え?進さんに?」
優姫が思ってもない事を言い出して驚いた。
「いいでしょ?。結構、一番真面目でお客との距離取ってる人だから、社交辞令で喜んだふりするか、断るかどっちかなぁって。反応面白そうじゃん。」
「なにそれ。」
「ね!二人で同時に渡そうよ。私は店長に、林檎は霧島さんに。そしたら、重く受け取られないでしょ?」
「優姫…。」
「さっきから、にこにこしり、変に思い詰めた顔したりしてさ、バレンタインなんてイベントなんたから、気楽に行こうよ。昔はマジな告白だったらしいけど。ね。」
「うん、ありがとう。」
「閉店前にお店に行こう。そしたら林檎はそのまま仕事手伝えるから都合いいし。さ、早く選ぼう。講義に遅れる!」
大学に入ってから友達になった優姫。
ずっと昔からの友達みたいに、私の事をよく解ってくれてる。
さりげなく助けてくれる。
ありがとう。優姫。
今日、二人で渡そう。
まだ、バレンタインデーじゃないし、お礼の気持ちで渡す事ができる。
きっと きっと 大丈夫。
きっと。