縮まった2人の距離
どこに行ってたのさ!」
寮に戻ったら、パーティーの後片付けをしている優姫に詰め寄られた。
「黒之祐さんを探しに」
「進さんに聞いて知ってるよ。で、
1人でこんなに遅くまで探し回ってたワケないよね。」
「イルミネーション通りに一緒に行ってたの・・。」
「はあ?なんで、黙って行くのさ。皆心配してたんだよ。」
「ごめん」
「・・・それで、2人でイルミネーション観て、何か進展とかありましたか?」
「え?別に何もないよ。ただ、一緒に見れて幸せなクリスマスだったって・・言ってた。」
「もう〜。心配してたのに、いきなりのろけ話? 林檎~。それ、ストライク直球告白なんじゃないの?!!」
「違うよ。そんなんじゃないよ。」
こっちが勘違いしそうな言葉だったけれど、最後のあの笑顔は絶対に違う。
あの時の「ありがとう」は、本当に一瞬の幸せに対してだったんだと思う。
多分今、黒之祐さんの身に悲しく辛いことが起きているんだ。
でも、今日仲良く話せたばかりの私に、それを聞き出せる事なんかできない。
たとえ明日会えたとしても。
明日、彼が店に来るかも解らないし。
「ズルイよ。寮の皆もイルミネーション観たいのにさ!」
「優姫、本当にごめんって。」
「私だって見たかったのにぃ〜」
「だから、ごめんって。本当にごめん。」
クリスマスイブにイルミネーションを一緒に観に行った事をきっかけに、黒之祐さんと今まで以上に話をするようになった。
カウンターの中で、静かに洗い物や仕事をしている事が多かった彼が、あの日依頼、「今日も学校は楽しかった?」と席まで話しかけて来るようになったのだ。
「ほら、やっぱり林檎の事が好きなんだよ」
優姫は、少し拗ねたようにからかうのだけれども。
ずっと優しく微笑みながら、私の話を丁寧に聞いてくれるその姿勢は、そんな「好きだから」と言う風には思えない。
なんだろうか、年も近いはずなのに 子供扱いされているような気分がするのだ。
「黒之助さん、妹とかいる?」
思いきって聞いてみたら
「いや、いないよ。」とさらっと返してくる。
私と黒之助さんのやり取りを、進さんや亜論さんもニコニコと微笑んで観ている。
愛さんだけは、にやにやと笑っていた。
初めてのこの店に来た時に感じた「不自然さ」を思い出していた。
皆 おそらく同じ20代で、私とそんなに年が離れている訳でもないのに、やけに大人びていて、私達大学生を微笑ましい眼差しで観るのだ。
大学の人達の様な「うえーい」みたいなノリもなく、明るいけれど穏やかで優しい。
「もしかして、何処かの宗教団体が運営してるお店で、そこの信者が店員なのかも」
そんな噂をするクラスメイトもいた。
「勧誘されないように気を付けなきゃ」
そんな警戒心から店を敬遠し始める人もいたけれど、私と優姫は楽しく通っていたのだ。
年末の営業最終日の閉店間近の時間帯、
翌日に実家に帰る為 私は年末の挨拶に店を訪ねた。
「こんばんわ。」
「あぁ、林檎ちゃん。ごめん、今日は早めの閉店で、皆帰っちゃったから、何も出せないんだ。」
店内で一人、カウンターの中でパソコンに、何か打ち込んでいる黒之祐さんが、画面を観ながら返事をしてくれた。
「違うの。明日、実家に帰るから年末の挨拶に来たんだけど、皆さん帰っちゃったんだ。店長さんが帰ったのに、黒之祐さんだけ残ってるの?」
「俺は、経理とデータ担当だから。12月の売り上げを入れて閉めておかないといけないからね。」
「もしかして、いつも月末に一人で残ってるの?」
「毎日、売り上げ金額と合わせてからデータにして店を閉めるんだ。暫く休んでた時も夜には来てたんだよ。俺の仕事だからね。」
「そうなんだ。手伝っていいなら何かしようか?」
「じゃあ、この数字読み上げてくれるかな?」
カウンターの中で、並んで座った。
時々、チラッと覗き見る彼の横顔や手を観ては、ふいに鼻をかすめる消毒薬のにおいが、イルミネーションを観に行った日を思い出させた。
どうして消毒薬のにおいがするのだろうか、どうして悲しそうな目をする時があるのだろうか、気になって仕方なかった。
「疲れた?」
「え?あっ、ごめんなさい。ぼんやりしてて。」
「ちょっと休憩しようね。ここで待っててね。」
そう言うと黒之祐さんは、店を出ていった。
皆で年末の大掃除をしたのだろうか。
床もソファーもテーブルもピカピカだった。冷蔵庫もコンロもまっさらの様に綺麗だった。
数字を読み上げている時には気がつかなかった静けさが、店内の隅々に広まってゆく。
外の音も聞こえない静かな店で、毎晩一人で事務作業をしてるんだ。
仕事だからって言ってたけど、悲しそうな目をして休んでいた日も、夜には一人で仕事をしていたであろう黒之祐さんの気持ちを思うと、とても切なくなってしまう。
何があったんだろうか。
私に何かできないのだろうか。
何か力になりたい。
そう、思った。
「ただいま」
コンビニの袋を手に下げた黒之祐さんが、帰ってきて私にカフェオレと小さなシュークリームを渡してくれた。
「あっ、これ、お金払います」
「いいよ、仕事手伝ってもらってるんだから、俺からのバイト代ね。」
「あ、あの。ありがとうございます。いただきます。」
しんと、静まり返った店内、コーヒーを飲む音やシュークリームの袋の音が響き渡る。
何か話さなきゃ…。緊張してしまう。
「林檎ちゃん」
「は、はい。」
「寮の門限、大丈夫かな?」
「大丈夫です。全部終わるまで手伝いますから。」
「いや、そんなに掛からないよ。あと少しだし。夕飯は寮でたべるのかな?」
「寮のご飯は食堂みたいなものだから、寮じゃなくてもいいんです。」
「じゃ、さっさと仕事終わらせて、ご飯行こうか。」
「え?…はい。了解です」
少しずつだけど、仲良くなれたら きっと力になれると思う。
仲良くなって、黒之祐さんの事を知りたいと思っていた。