クリスマスパーティーの夜
寮内の広い食堂は、それぞれが連れてきた招待客でごった返していた。
「メリー・クリスマス。林檎ちゃん」
進さんと亜論さんが、約束通り黒之祐さんを連れてきてくれた。
手を振りながら挨拶をする進さん達は、
常連客の子達に大歓声で迎えられて、
進さんは、照れくさそうに笑って嬉しそうだ。
愛さんは、いつの間にか常連客の男の子達と踊ったりして、大はしゃぎしていた。
焼き菓子をわざわざ作って持ってきてくれた亜論さんの周りは、甘く美味しそうな香りに引き寄せられた子達が、集まって来ていた。
4人に来てもらってよかったと、私と優姫はホッとしていたけれど
日頃フロアーで接客している黒之祐さんは、お店の人気者だからか、あっという間に何人かの女の子に囲まれていたのが
私は少し複雑な気持ちになっていた。
どうして、こんな気持ちになるんだろう。
「ねえねえ、この後男の子達と飲みに行くんだけど、林檎ちゃんと優姫ちゃんも行かない?」
「愛さん、林檎ちゃん達は未成年だし私達は飲まないから、1人でいってらしゃい。」
亜論さんが優しい口調で言う。
女の子たちに囲まれていた進さんが、輪を離れて亜論さんと私達の元に来た。
「愛ちゃん、楽しそうだね」
「そうですね」
「恋をしたいって言ってたし、いいチャンスだね。君は、パテシエの願いを叶えて、俺はバリスタをやれている。これで、よかったんだよ。」
「進さんも亜論さんも、それぞれの願いが叶ってるの?。凄いね。黒之祐さんの願いも叶ったの?聞いてみよかな?あれ、黒之祐さんは?いない?」
彼の願いは叶ったのか聞きたくて、見まわしたけれど何所にもいなかった。
「誰か女の子と消えちゃったのかな?」
ふともらした私の言葉に、進さんが反応した。
「霧島さんは、そんな人間じゃないよ。」
柔らかい口調で私の発言をたしなめた。
初めて店に来た私に、わざわざお礼を言いに来た黒之祐さんを、オーナーか店長だと思っていたけれど、進さんが店長だった。
従業員を大切に思っての進さんの言葉で、不用意な事を言ってしまった自分か恥ずかしくなった。
多分、常連の女の子達に囲まれていたのが、嫌だったから 不意にそんな言葉が出てしまったのかもしれない。
いつもカウンター内で黙々と仕事をして、私に今だに「お客様第1号だから」とケーキをサービスしてくれる。
お喋りじゃないけど、優しく笑ってくれる人。
だから、純粋に皆と同じように願い事が叶えられていたらいいなと思った。
叶えられているか知りたかった。
「どこに行ったのかな?探してくるね。」
進さん達に声をかけて、食堂内を探してから外に出た。
「さむっ。」
扉を開けてすぐ、玄関横のイルミネーションを飾った植え込みに彼は座っていた。
「黒之祐さん。」
振り向いた顔は、店では見たことのない悲しくて辛そうな眼差しだった。
でも、私を見つけると、いつもの笑顔に変わったから、気が付かないふりをして、からかってみた。
「気に入った女の子でも連れ出して、何処かに行ったんだと思ったんだけど。」
「俺、林檎ちゃんにそんな奴だと思われてるんだ。」
「大抵の男の人はそうでしょ?」
「推測で言わないで欲しいな。」
「パーティー、つまんない?」
「いや、楽しいよ。久しぶりに晴れやかな気持ちになれてる。誘ってくれてありがとう。」
「ううん、ずっと休みだったけど、どうしてたの?何か嫌な事でもあったのかな?」
思い切って聞いてみた。
「なに?そんな心配そうな顔して。別に大した事はないよ。そうだ、クリスマスプレゼント、あげてなかったね。何か欲しいものはない?」
さらっと、誤魔化されてしまった。
仕方がなくプレゼントを何にしようか考えた。
「近くの住宅街がイルミネーション通りになってるの。観に行きたいんだけど、一緒に行ってもらえる?」
「それがプレゼント?」
「うん、騒いだりしたら迷惑になるから、寮生は見学禁止になってるの。黒之祐さんは寮生じゃないから、一緒だと違反にならないの。」
「そっか。じゃあ、行こう。」
寮をでてきたままの、薄着のパーティー衣裳の私の肩に、
大きなダッフルコートがふわりとかけられた。
いつも以上に優しい笑顔を向けて、私の手を引いた。
「走れ。」
「え?。」
繋いだ手に引かれて駈け出した。
温かいコートからは、珈琲と消毒薬の匂いがした。
息を切らし着いたイルミネーション通りには、沢山の見学人がいて賑わっていた。
キラキラ輝く様々な色の光に包まれ、夢の世界にいるような気持になった。
繋がれたままの手も温かくて、幸福感に満たされた私は、
「黒之祐さんの願い事ってなあに?
さっき、進さんが皆の願いが叶ってよかったんだって言ってたから、黒之祐さんのは叶ったのかなって思って。」
悲しくて辛そうな眼差しを見てしまったのに、無神経に聞いてしまった。
「あの店は、進くんと亜論さんがやりたかった事を叶えたものだから、2人は毎日が幸せだと思うよ。
俺のは、まだ途中だから。この先望み通りにはならないと思うけど、後悔はしてない。」
「後悔してないって?」
「そのままの意味さ。今は幸せだよ。クリスマスに林檎ちゃんとイルミネーション見れたんだし。」
「え?」
そんな言葉をさりげなく言う黒之祐さんに、
どう答えていいのか解らず、ただ見つめ返すしかできなかった。
「クリスマスプレゼントのつもりで一緒に来たけど、俺の今までの人生で、一番素敵なクリスマスになったよ。」
「本当に?」
「本当に。ありがとう。」
黒之祐さんは、私の頭をくしゃっとなでると、柔らかく笑った。
彼の瞳の中に、イルミネーションの光がキラキラと映っていたけれど、
その笑顔はなんだか
今にも泣きだしそうな程悲しそうに見えた。
メリークリスマス。
クリスマスの奇跡が、黒之祐さんにありますように。