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宮崎亜論 実は……。

駅や繁華街から随分離れた、車も通れない狭い生活道路の集落に建つ小さな古い平屋。 


換気扇から甘い香りが流れ出るから、ここがお菓子を作っている所だと気がつく人も多いけど、

看板やのぼり、チラシも広告出していないから、地元の人ですら暫くは扉を開けて入って来なかった。


私は、お菓子のテイクアウト専門の店を、ひと月前に始めた。


一人だから、お菓子を作る以外の材料の買い付け、運搬、会計関係全てをこなさなければならないから、

お菓子の種類も個数も限られている。


けど大してお客さんも来ないから売り切れる事もない。


その日、地域の方の遠慮がちな扉を開ける様子とは全く違う、

勢いよく開けられた店内に、聞き覚えのあるハツラツとした声が響いた。


「美味しそうな匂いだね。亜論さん。」


どこで調べて来たのか、愛ちゃんは突然やって来た。


「愛ちゃん?」


「本当にテーブル席とかもないんだね。」


「どうしたの?急に。」


「こっちに帰ってきたの。もう、あの子も卒業していなくなったし。今の等身大の私で新たに再スタートしようと思って。」


「そうなんだ。お帰りなさい。」


「ただいま。2人とも自分のお店作らせて貰ってるのね。」


「浦野さんのお店にも行ったの?。」


「うん。でもコーヒー飲んだら直ぐに追い出されたわ。女の子と約束してるって。」


「彼もエンジョイしてるからね。折角の魔法の様な時間を生きられてるんだから、後悔無いように好きに生きたら良いと思うよ。」


「だから亜論さんは、お菓子のお店を開いたのね。店長みたいに恋はしないの?」


「恋なんて若い頃の思い出だけで充分。」


「え?そうなの?亜論さんの恋の思い出話なんて聞いたこと無かったな。」


「わざわざ話す必要ないでしょ?。」


「それはそうだけど。亜論さんなら直ぐに素敵な人見つかると思うんだけどな。でも、若い頃の思い出だけでいいなんて、亜論さんも霧島さんと同じで一途なのね。」


「一途と言うか、大体私に近づいて来る人は、私の表面しかみないんだけど。唯一その人だけは、キチンと関わってから受け入れてくれたからね。」


「亜論さんの表面しか見てないって?だったら私もそうかも。自分の事で必死だったから、案外店の皆の事を知る余裕は無かったかな。」


「そうね。皆、そうだよね。」


そう、治験仲間でさえ、真実の私なんて知らない。


子供の頃は、ハーフだと皆から距離を置かれたり、逆に憧れで近づいて来て、思ったのと違うとかで離れていったり。


それが嫌で、生まれた街を離れて働きだしたけど、なかなか雇って貰えなくて、ブティックや飲食店で働いた。


私を連れ歩きたいと、お客の男達が、何人も誘って来たけれど応じなかった。


付き合えないならと、店に来て嫌がらせをするものだから、働き辛くなるから辞めざるを得ない。


転々と職を変えて、表に出ることのない料理人の道を選んだけれど、職人の世界は閉鎖的で、嫌な思いも沢山あった。

そんな中でも、やはりアプローチされるのだ。


「お前さ、綺麗な指してるね。」


下ごしらえ中に、手を握り体を押し付けてくる奴もいた。

仕事の為だと我慢していると、何度も繰り返された。


それを助けてくれたのが、店に珈琲豆を納めてる会社の2代目の若社長だった。


「酷い職場なんか辞めて、うちにおいで。」と。


社長の会社で、珈琲の目利きを学び、お菓子の種類にあった珈琲のブレンドを教えて貰って、私は社長の会社の珈琲を美味しいと思えるお菓子を作りたくなった。


仕事をしながら、パティシエの勉強をした。


社長に思いを寄せても、コンプレックスの為何年も打ち明けられずにいたけど、思いを伝えると受け入れて貰えたのだ。


嬉しくて、この人しかいないと真剣に愛を捧げ何年か付き合ったけれど、


社長には、会社を継ぐために相応しい相手との縁談話が決まり、別れることになったのだ。


会社を辞めて、自力で探した店を転々としながら働いた。

誰とも関わることなく、黙々とパティシエとして年月を過ごした最中、大病でもう終わりだと諦めたけど。


新しい抗がん剤で病気は完治した。


細胞を若返らせる治験薬で、若い頃の私になれるなら、今の時代で人生をやり直せるかもと思って受け入れたのだった。


今はハーフが距離を置かれたり、異常に憧れられる時代じゃないから、正直に生きたい。

やり直したい。


それでも、つきまとわれたり待ち伏せされたりはあったけれど……。

やっと見つけた居場所で出逢った大好きな人を、そっと見守る幸せの為、頑張って働いてきた。


「亜論さん、綺麗だもんね。綺麗だから、性格も勝手に、自分の都合いい理想の人と思ってしまう事あるかも。私は、優しくて皆のお姉さんみたいな人だと思ってるけど、本当は違うの?」


「お姉さんだと思ってるの?…。ねぇ、愛ちゃん。」


「なに?」


「もう一度、治験始めない?若返りの。」


「え?どうして?」


「子供欲しかったんでしょ?」


「でも、相手に嘘付きたくないの。もう、辛いのは嫌なのよ。だから辞めたのも知ってるでしょ?」


「相手が、治験の仲間なら隠さなくてもいいでしょ?」


「…ぇ?…店長は、嫌よ。あんな遊び人。亜論さん、何酷い事言ってるの?本当は、そんな人だって事?」


「一所懸命で真っ直ぐで明るくて可愛い子だから、本当は、ずっと好きだったよ。」


「店長さんが?嘘、そんな素振り無かったもん。思われてたとしても、他の人と遊び歩いてる人の子供なんか欲しくない!」


「ちゃんと聞いて。愛ちゃん。私がいつ、店長の話をした?」


「だって…ずっと好きだったって…。ぇ?」


「愛ちゃんが突然居なくなって、悲しかった。一生懸命恋をしていた愛ちゃんが可愛いかったから。私は、何も言わずに傍で見守るだけで良いと思ってから。」


「亜論さん、女の人なのに…?私を?」


「私が、いつ、私は女だって言ったかな…。」


「え?…だって、初めて逢った時から…。亜論さんは…だって、だって…綺麗だし、小柄だし、声も綺麗だから…。女の人だって…。」


そう、ハーフで女顔で小柄だから

女だと思って、色んな男達がアプローチしてきた。


男だと解った途端、去ってゆくならいいけど、それでもアプローチしてくる乱暴な奴もいた。


それを救ってくれたのが、社長の琴美さんだったのだ。


3つ上の綺麗な人だった。


あの人との思い出だけで充分だった。


でも、ジブラルタルで、悩んで苦しんでいた愛ちゃんを、傍で見ていて辛かったし、愛しく守ってあげたいと思ってた。


治験を辞めて、店を去ってしまってから、

私は、本当に一緒に居たいと願う人とは居られないのかと絶望していたのだ。


それが、今、帰ってきて、会いに来てくれた。


もう、逃げないで本当の自分を見てもらいたい。


「愛ちゃん。ずっと好きだったよ。女だと思ってた私の気持ちは、受け入れられないかな?」


END

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