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それから  浦野進

耳を塞ぎたくなる程、けたたましく鳴いていた蝉も、つくつくぼうしの切ない鳴き声のみが染み渡る晩夏。


霧島黒之祐さんが亡くなってから2年が過ぎた。

各々が、日常の中に新たな道を見つけている。


「ブルマンなんて、贅沢だね」


「売り上げに協力よ。」


「それは、どうもありがとうございます。」


愛ちゃんは、抗がん剤治療のお陰で元気になって、この街に戻って新しく生活を始めていた。


花王君の事は吹っ切れたのだろうか。

明るい表情をしている。


俺が小規模店を新たに開店させて貰ってると、

病院から聞き出したのか、わざわざ訪ねてきたのだ。


学生の相手は疲れるし、霧島さんと林檎ちゃんのような恋の結末はうんざりな俺は、駅前の古いビルの2階に、カウンター5席とテーブル席1つだけの、珈琲専門店を出した。


今流行りのかき氷なんて物は出さない。

静かに珈琲のみを楽しみたい人間だけが来ればいいと。


開店初日から3ヶ月経つが、

年老いた男性客や営業職の男性が、珈琲1杯で新聞を読んだりタブレットを操作して過ごすぐらいだから、儲けなんてほぼないが、充実した毎日をすごしていた。


好きなジャズを聴きながら、マイペースで閉店作業をしている時に、ひょっこりと愛ちゃんはやって来たのだ。


「相変わらず、細胞若返り薬の治験、まだ続けてるの?」


「辞めたら、今までの苦労は無意味になるしな。今のところ量も減ったし、投与期間も1年に一度になっても後退することは無くなってるから。ね?俺見た目変わってないだろ?」


「そうね。その見た目年齢で満足なわけね。私さ、その治験辞めて楽になったわ。焦って恋愛相手探して、嘘吐き通さなくても良くなったし。」


「子供欲しかったんじゃないの?」


「欲しかったけど、子供にも嘘をついた親になるわけだから…。等身大の自分で生きることにしたの。皆みたいに、後世の為なんて使命感も無かったわけだし。癌が治っただけで充分幸せよ。

それに…霧島さんの事を考えると、再開しようなんて思えないもの。」


「そっか。」


なのに貴方は、まだ続けているのは何故なの?って眼差しで見つめたりして、わざわざ理由を聞きに来たのか。


林檎ちゃんは、可哀想だったと思うよ。

霧島さんは真面目すぎたから辛い恋だったんだ。


夫婦2人で余生を慎ましく生きて、病気ついでに

後世の役に立とうと思って始めた人だし。


俺に惚れてくれりゃ、幸せだったと思うけどな。


俺は、目の前にいる愛ちゃんと同じたから。

バリスタの夢を叶えたかったなんて表向き。


バリスタって、もてると思ったんだ。


でも大学生とか小娘は所詮子供だ。

若くて良いと思ったけど、無邪気と言うか、正直鬱陶しい。


純粋無垢な女とか一途な女は、生きて行く時間がある頃は求めていたよ。


でも、縁がなくてずっと1人で生きてきた。

寿命間近なジジイの俺は、手っ取り早く恋愛を楽しみたいのだ。

一度も出来なかった楽しい時間を、沢山取り戻したいから、ドライで落ち着いた女達と色っぽい恋を楽しみたいのだ。


生真面目な昭和の戦中生まれの霧島さんの前では、そんな素振りは見せられなかった。


あの人は奥さん一途だ。

林檎ちゃんの事は娘と重ねて見ていたから、彼女の気持ちを知って悩んだんだろうと思う。


俺なら、取り敢えず付き合うけどな。

林檎ちゃんは、一途で重そうだけど、あんなに思い詰めた恋にはならなかったはずだ。

治験も辞めずに、未だに健在だし。

俺となら、きっと今も幸せなカップルだったかもな。


皆真面目だったジブラルタルでは、真っ当な感じの受け答えしかできなかった。


お陰で「店長はいい人」ってキャラで仕事をさせてもらえたよ。

窮屈な時もあったけど、店を出てしまえば関係なかったから。


若いって自由で楽しいよな。


俺は、寿命の限り楽しく生きて行きたい。


だから、治験を続けてるんだ。

細胞が若返ったら、実年齢何歳まで生きられるかは解らないけど、細胞年齢20代を維持できても、正味後60年生きられるかはわからないからな。


そこが、研究者と薬屋と病院が積み上げたいデータなのは解ってるから。

俺なりの駆け引きで、治験を続けてる。


愛ちゃん程、純粋な人間じゃないのさ。


ただ、そうなると実年齢が3桁になる事になるわけだ。

昔話のドラキュラみたいな気分だな。


「愛ちゃんは、俺に会いにきたの?」


「そうだよ」


「そうか。なら、ごめんな。そろそろ閉店したいんだ。」


「まだ4時よ」


「ここさ、夜まで開けてても採算会わないんだ。それに悪いけど今日は、待たせてる奴がいるからさ」


「えー?まさかの恋人?」


「なんだよ。まさかのって。今日の子は初めましてだから、遅刻するわけいかないんだよ。」


「え?え?今日の子って何?店長って、そんな人だった?」


「決めつけるなよ。俺の自由だろ。」


「そんな素振り見せなかったじゃない。ねぇ、今日のって、他に何人いるの?友達とかよね!」


「あのさ、愛ちゃん。俺は、相当大人なんだから、お子様恋愛ごっこな筈ないだろ。」


「!!」


そうだ、愛ちゃんは、本当は中年の自分が二十歳の大学生と付き合って、舞い上がっていたけど、深い関係を迫られて罪悪感で逃げ出して隣町の他研究施設の寮に引っ越したのだ。


お得で、付き合ってしまえばいいものを、やっぱり真面目なんだ。


薬を開発してる連中は、その辺りも計算済みだ。

そうやって、人口不足を解消しようと思ってるのさ。

ただ、後ろめたさや、道徳心のある人間には難しい話だ。


患者同士を若返らせて、子供を作らせる考えもあるが、気持ちもあるだろうし、 まだ完成してる訳じゃないから、子供出来て寿命で親が亡くなったら、養子縁組で他人が子供を育てる手続きとなると面倒だからな。


でも、俺はそこまでは考えていない。

出来たら出来たで構わないし。

生きている時に、2人で大切に愛を注いで育てたらいいじゃないか。


若くして子供を残して亡くなる人間なんて、治験じゃなくても沢山いるのだ。

毎日を、どう充実して愛を注いで生きるかだと思う。


俺は、ジジイの年まで、どういうわけか恋愛も結婚も出来ず一人で生きてきた。


それが今は、次々と付き合えるのは、長く生きてきた自信からなのだろうか。


幸せだから、誰かといつかは結婚も考えたいが、今は甘く色っぽい恋を楽しみたい。


「どうせ、常連になるんだろ?また、今度御越しください。愛ちゃん。」


完結

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