一瞬咲いて静かに消える花火
「いらっしゃいませ。お二人ですね。こちらのお席で構わないですか?」
外谷さんの代わりに、林檎ちゃんが働きはじめて、ひと月になる。
元々、行儀のいい子だから大きな失敗もなく、お客様にも好かれている。
浦野くんも宮崎さんも調理に集中出来て、今までのペースで仕事が出きるようになった。
勿論、俺もフロアーとカウンターを往復する回数も減って、閉店後の事務処理に影響が出るほど疲れなくなった。
ただ、部外者である林檎ちゃんが働けるのは、外谷さんの代わりを病院が連れてくるまでと言われているが、そう簡単に見つかっていない。
もし、俺が居なくなったら浦野くんと宮崎さんだけになってしまう。
病院もここまで、繁盛すると思わなかったから、思案している状況だ。
今日は、ランチタイムが終わったら店を閉めてくれる事になった。
久しぶりに、のんびり出来ると浦野くんは言ってくれたけど、夏祭りには行きたいのか、
来月の御盆休みに皆で行こうと提案をしてくれた。
そうだな、皆で行きたいと思うけれど、俺は、なるべく早く林檎ちゃんにきちんと伝えたい事があるから、二人で行きたかったのだ。
前期授業最終日に、隣り町の神社の祭りがあると、お客様から教えてもらったから、林檎ちゃんは午前中の授業後、ランチタイムを手伝ってから、俺と一緒に店から電車で向かうことにした。
店を閉めた後、近くの美容室に頼んで、浴衣を着付けて貰ったら、林檎ちゃんは大喜びしてくれた。
「これ、とっても可愛い柄だね。」
「よく似合ってるよ」
「本当に貰っていいの?」
「俺が着る訳にいかないでしょ。」
「貰わないと、処分に困って、霧島さんが部屋着にするしかないかもよ。」
「いっそのこと、その格好でホールで接客してもらおうか。」
二人がふざけて笑いあって、明るい気持ちで送り出してくれた。
夏は、日が長い。
特急に乗って隣町に着いて、賑わう縁日には、花火大会もあるせいか子供たちも大勢来ていた。
金魚すくい、ヨーヨーつり、ベビーカステラ、綿菓子、焼きとうもろこし、リンゴ飴、
小学生以来だという林檎ちゃんは、子供の様にはしゃいでいた。
その笑顔を本当に愛おしく思う。
時間通りに、1発目の花火がうち上がり、次々と空に向かって上がって行く。
大きな音と共に色とりどりに光る花が
夜空に開いて、静かに落ちてゆく。
「すごーい、綺麗!観て観て!黒之祐さん、物凄~く綺麗だよ!」
どんどん、様々な花火がうち上がり、華やかなショーが繰り広げられてゆく。
余りの美しさに感動して、境内の大木にもたれて、二人して静かに天を見上げ続けていた。
「林檎ちゃん、」
「なあに」
今、言わなければと
出来るだけ冷静に話そうと思った。
「あのさ…ごめん」
「え?」
「俺、店を辞めるんだ」
「え?…嫌だ…。嫌だよ。変だと思ったの。皆と一緒じゃなくて、急に二人でお祭りに行くなんて、なんか話があるのかと思ってた…。聞きたくない。そんな話聞きたくないよ」
「林檎ちゃん」
「知ってるの。愛さんも黒之祐さんも、本当は重い病気だって。
愛さんが、花王君との事で悩んでて、教えてくれたから。黒之祐さんも、そのうち会えなくなるから、逢っておいた方が良いって。」
「どうして…。いつからそれを。」
「…3月」
「そんな前から…。」
そんな前から知っていて、ずっと何も言わずに、一緒に楽しげに過ごしていたのか。
俺は、まだ子供の様な君を悲しませないように、どうしたらいいか、ずっとそればかり考えて、冷静でいようと接していたのに。
君は、外谷さんの事も、俺の事も解っているのに、黙って、いつも通りに笑っていたのか…。
「なのに、愛さんの方が急に居なくなって…。愛さん、もしかして……。だから、いつか、黒之祐さんも、居なくなるんだって思ったら…不安で…。
苦しいし…。悲しくて…。」
「ごめん…。」
誰にも言わず一人で、どんなに苦しい思いを耐えてきたんだろう。
謝っても、何も癒されることはないけれど、謝らずにはいられなかった。
傷つけたり、悲しませる事がないように、どんな事をしてでも護りたかった。
本当に、命があるなら、ずっとずっと見守っていたいのに。
なのに俺は、俺は…もう。
「!!」
やりきれない気持ちで、思わず彼女を抱き締めた。
「…ごめん…。気がつかなくて。林檎ちゃんが笑顔になるんだったら、何でもするって言ったのに、何にも出来てなくて…ごめんな。」
泣きじゃくり、震えている小さな背中を撫で続けた。
「…嘘つき…嘘つき」
「嘘つきだよな…ごめん…。俺だって、ずっと傍にいて笑っていて欲しいよ。でも、俺は、不老不死のドラキュラじゃないから…。そんなに長く生きられないんだ。」
「どうしてなの…。病気だから…?お願い…。何処にも行かないでよ。大好きなのに…。ずっと一緒に居たいの…。どうして…。お薬飲んでたのに…どうして居なくなるの。」
「林檎ちゃん…。」
彼女の溢れる涙を拭っても、拭っても頬を伝い、俺の胸元を濡らす。
本当の俺は、君がそんなに、好いてくれる様な人間じゃないんだよ。
きっと、真実を知ったら
君は、この胸を突き放して逃げて行くだろう…。
でも、俺は君の笑顔が大好きだ。
泣き顔ではなく、いつも笑っていてほしい。
失意のどん底の俺を救ってくれた
その笑顔を俺のせいで泣き顔にしたくないから
「ね、笑って。俺は林檎ちゃんの笑顔をこの目に焼き付けておきたいんだ。ずっと忘れないように、笑っていてほしいんだ。」
涙まみれの顔を上げて、無理やり笑おうとする君の笑顔を見て、
俺は、過去何度か見たことのある笑顔を思い出して、やりきれない気持ちになって、ぎゅっと抱きしめた。
林檎ちやん、
俺に夢を見させてくれてありがとう。




