笑い合う日々を作りたくて
何処まで行くんだろう。
駅から始発に乗って、特急に乗り換えた。
朝御飯にと、まさかの黒之祐さんが作った昆布と鰹のおにぎりを渡された。
「…美味しい。」
「良かった。進さんのサンドイッチじゃないの?!って言われないか、心配してたんだ。」
「店長さんのサンドイッチは、お店で食べられるけど、黒之祐さんのおにぎりなんて、初めてだし。なんかワクワクする。」
いつも、朝ご飯はおにぎりなのかな。
作りなれてる感じの、きれいな形と丁度よい塩加減。
焼き海苔もパリッとしてるし、本当に美味しい。
もしかして、薫さんに出してもらってた朝御飯は、おにぎりだったのかなとか、色んな事を考えてしまった。
「あの…。いつ頃着くの?」
「この電車は、8時すぎぐらいかな。そこから、別の特急に乗り換えて、目的地には9時半頃。」
「随分遠くに行くんですね。」
「どうせ観るんなら、沢山観たいからね。」
「沢山の桜なら、お店の近くの河川敷公園にも、ずらっと並んでるし、まぁまぁ咲いてるのに?」
「あの桜は、林檎ちゃんも毎日観てるから、今日の花見には、ありきたり過ぎるからね。どうせなら、特別な花見にしたいからさ。」
「特別?」
「そう、特別。」
今までは、お手伝いをしながらや帰り道だったりとか、短い時間でしか話した事がなかったのが、
今日は、早朝から二人で電車に揺られて、車窓を流れる景色を観ながら、じっくりと話せるなんて予想もしていなかったから、気持ちがそわそわして落ち着かない。
隣に座る黒之祐さんの方を見ようとすると、近すぎて見つめ合うみたいで、恥ずかしくて窓の外を向いた。
車窓の景色は、流れてゆくだけで頭には残らないし、黒之祐さんの話も聞いてるようで、しっかりと頭の中に入ってこない感じ。
まるで、夢の中を漂ってるみたいな感覚。
乗り換え駅で、別の特急へと乗り換えて、綺麗なピンク色のシート席に並んで座った。
「この特急は、この時期にしか走らないんだよ。」
期間限定の特急電車は、どんどん山間部へと進んで行く。
山の裾野の数千本の桜が、今が見頃だと車内で他の観光客の会話が耳に入ってきた。
「来月上旬あたりになると、山頂から裾野までの桜が観られるんだけどね。」
「今日じゃないとお休みが取れなかったの?」
「いや、今日じゃないと駄目なんだよ。」
「どうして?」
「どうしても。山一面の桜見物に、来月も来る?」
「え?今日じゃないと駄目だったんじゃないんですか?」
「林檎ちゃんって面白い子だね。」
「え、どうして?」
「今日は、何日かな?」
「え?今日?今日は…。今日は、ぁ…。」
今日は、3月30日。
私の誕生日だった。
たった一度だけ、言った記憶のある自分の誕生日を、黒之祐さんは覚えてくれていて、何も言わずにさりげなくお花見に誘ってくれた事に、驚きと嬉しさと恥ずかしさで固まってしまった。
「誕生日、覚えてくれてたの?!。」
「だって、二十歳になる、大事な誕生日でしょ?」
そう、子供じゃない。もうすぐ二十歳なんだから、子供扱いしないでと言った時に、誕生日を聞かれたのだった。
「誕生日です。でも、二十歳になるけど、ちっとも大人じゃないから。黒之祐さんが、子供扱いするのは、仕方がないなって最近思ったの。」
「それに気がついたなら、大人に近づいたんだね。」
「近づいたレベル?。」
「そう。近づいたんだよ。でも本当に大人らしい人なんて、いないと俺は思うけどね。」
山々の数千本の桜は、河川敷公園の桜並木とは、比べ物にならない程、広大でどこを観ても桜がびっしりと並んでいて、感動する美しさだった。
「やっぱり、来月来たいなぁ。山全体が桜色になるって言うから……。」
「じゃあ、やっぱり一緒に来よう。」
「え?お店休んでもいいの?」
「なんだったら、皆を誘ってみる?」
「お店の皆と?うん!皆で来たい!」
「じゃあ、決まり。では、改めて、
林檎ちゃん、二十歳の誕生日おめでとう。」
「ありがとう~。。」
何処までも続く、桜の山並みを観ながら、黒之祐さんと迎えられた誕生日。
永遠に忘れられない誕生日になった。
夕方前には、再び電車に揺られて、寮の前に送ってもらったのは、もうすぐ日にちが変わる寸前だった。
「今日は、1日一緒にお祝いして貰えて、楽しかったし嬉しかった。本当にありがとう。」
「俺も楽しかったよ。来月は皆で行こうね。」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
沢山、沢山、楽しい思い出を一緒に作りたい。
私にとっても、皆にとっても、
黒之祐さんにとっても、
永遠に忘れる事のない、楽しくて幸せな思い出を作りたい。
翌月、私達は、再びお花見に日帰り旅行に出かけた。
勿論、お店の皆と優姫も。
想像を越える色とりどりの満開の桜の山々に、皆感動して普段は見られない程の笑顔で、賑やかな日帰り旅行になった。
でも、やっぱりハードスケジュールだったのか、帰りの電車内はぐったりと眠ってしまっていた。
それでも、楽しかったからと、6月は一泊でバーベキューキャンプに行くことになった。
夕方に店を閉めて、進さんが運転する
ワゴン車で、山あいのキャンプ場に着いた。
優姫は、今回も一緒に来たいと言うので、優姫とも初めての一泊旅行になる。
「まさか、霧島さんから、続けて旅行の提案があるとは思わなかったですよ。」
店長の進さんは、コンロの火に炭を足しながら嬉しそうに笑った。
「先に二人で花見に行ってたのも、驚いたけどね。」
亜論さんは、小さなジャガイモをアルミホイルに包みながら、私を見つめた。
「だから、それは誕生日だったからって、前も言ったじゃないですか。」
そう言ったのを優姫はすかさず、
「20歳のお祝いに二人っきりの小旅行」とからかう。
黒之祐さんに、そんなつもりはないのだと思う。
からかわれても笑っているだけだ。
「いつも仕事と家の往復だから、誘って貰えて楽しいのだけど、二人で遊びたいのに、邪魔じゃなかった?」
亜論さんは、さっきから私に何か言いたそうだった。
「そんなこと思ってないですよ。皆と一緒の方が、沢山面白い事があると思うし。お店の中で、大笑いしてる皆って見たことなかったから。」
「そりゃ、仕事中だからね。でも、確かに、店と家の往復だもんな。ずっと張りつめてたから、キャンプで自然を満喫なんて最高だよ。」
進さんは、ほっと小さく溜め息を付いて笑った。
「リフレッシュできるね。本当に林檎ちゃんのお陰で繁盛してて、毎日忙しいよ。」
「ご迷惑でしたか?」
「そうじゃなくて、自信が無かったから。チェーン店じゃないから、お客さんが来てくれるのかって。多分直ぐに店じまいになると思ってた。だから、ここまで続いてるのは林檎ちゃんのお陰。ただ、本当に繁盛続きだから、息抜きの機会をくれて嬉しいよ。」
「ケーキも珈琲も本当に美味しいから、友達に教えたし、皆も誰かを連れてくるんですよ。でも、一緒に遊ぶ提案は、私じゃなくて、黒之祐さんが誘おうって言ったからです。」
「二人でお泊まりは、まだ早いから~。皆とならね?」
「優姫、違うって!もぉ!」
皆が大きな声で笑ってる。
黒之祐さんも、いつもより笑ってる。
「まぁ、せっかくお客さんが来てくれるのに、長い休みは取れないと思ってたけどさ、気分転換も必要だな。はい!焼けたよ~。」
進さんは、焼けた肉をひとりひとりのお皿に取り分けてくれる。
「店長~。店でしてる事と変わらないよっ。」
優姫の突っ込みにも楽しそうに笑って、お腹も満たされた楽しいキャンプだ。
横になるからと、皆それぞれのテントに入ってしまって、小さくなった火のそばには、黒之祐さんと私だけが残っていた。
臼炭の中に、弱々しくオレンジ色の火が、時々パチパチと静かな音をたてて燃えている。
「せっかく星が綺麗なのに、皆 テントにはいっちゃったね?」
「疲れたんだろうね。夕方まで仕事して、車でここまで来て、テント張ったりバーベキューしたりして、張り切りすぎてさ。お腹もいっぱいだし、多分眠っちゃってるよ。」
炎やランプの灯りのせいなのか、黒之祐さんは、いつもよりリラックスしているように見えた。
「林檎ちゃんも、そうだろ?皆と泊まりでバーベキューキャンプなんて、どんなに楽しいのかって、わくわくしなかった?」
「わくわくした!お花見に行っ時は日帰りの修学旅行みたいだったから、もっとゆっくり話したいなぁって思ってたの。」
「そうだね。店でものんびり話す事はないからね。」
「今度は、いつなら皆と行けるの?」
「そうだな、毎月連日店休むのは難しいから、夏休みぐらいかな。」
「夏休み?じゃあ、海に行きたい!」
「海?海は。たぶん皆行かないかな?暑いし。」
「えー。」
「夏祭りに行こうか。花火大会もあるし。」
「夏祭り?どこの?」
「浦野くんと相談して考えとくよ。楽しみにしてて。」
「うん。」
「林檎ちゃん、デザートはどうですか?」
バーベキューコンロの隅のアルミホイルの固まりを、紙皿に乗せ渡されたのは焼きいもだった。
「あれ?亜論さんが入れてたのは、ジャガイモだったけど」
「その前に俺が仕込んどいたんだ。」
丁度良い温かさの焼きいもは、気持ちまで優しくしてくれるようなとろける甘さだった。
「美味しい。」
「よかった。そうだ。ちょっと待ってて。」
黒之祐さんはテント内に戻り、双眼鏡を持ってきた。
「観てごらん」
手渡された双眼鏡を覗くと、空には隙間も無いほどの沢山の星が輝いていた。
「綺麗~。どの星が何座なのか解らないよ。こんなに沢山の星が観られる望遠鏡持ってるなんて、黒之祐さんは星の観察が好きなの?」
「うん。昔は、そんなもの無くても天の川の星も観られたのにさ。今は、それがないと街中では、大まかな星しか観られないから買ったんだ。」
「そうだね、子供の頃の方が、沢山観られたよね。」
そういうと、黒之祐さんは静かに微笑んだ。
さっきまでとは違った、なんとも寂しそうな笑顔に、愛さんの言葉が思い出され泣きそうになった。
「あれ?炭消えかけてるけど、煙が目に入った?」
黒之祐さんは、心配そうに私を見つめた。
「ううん、そろそろ眠たくなって、あくびが出ただけ。」
「そうか。じゃもう、寝なきゃね。」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
本当は、思い出作りなんてしたくないよ。
普通にいつでも逢えたらいいのに。
ねぇ、黒之祐さん、
病気に負けないで ずっと生きていられたら 私のこと 振り向いてくれますか……。




