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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

手に届くところにあった幸せ

作者: いけ蔵

 手に届くところにあった幸せ


いけ蔵


 東向きのカーテンの隙間から光が差し込む。なぜか知らないが、一夜を共にした朝から、逆の方向を向いているはずなのに目が合い笑い合う。

中村一樹が笑う。「まさか葉とこんな事になるなんてな(笑)」

「俺だって」と目線をずらして照れ笑いをする。長峰葉。


 二人は同じ大学のテニスサークルにて一緒だった。本気で大会などを目指すようなサークルではないが、決して呑みサーのような軽いノリでは無かった。当時はお互いに同期としては仲良くしていたし、一夜を共に過ごす前までは、社会人になっても休日を合わせては、仲良くなった同期らと出かけたりしていた。もちろん宅呑みで酔いつぶれて葉の家に泊まる事もあったが、一樹だけが泊まった訳でもないので、お互い30歳を向かえそれなりに恋をしていた。その日も、サークル同期の女子の結婚式の帰りに二次会と言うことで、葉と一緒に宅呑みをしていた。唯一いつもと違うのは、日頃は複数名いる参加者が、一樹と葉の2人きりという所だろう。

 大学時代からの一樹の癖であるが、食べる時や笑う時に歯並びにコンプレックスがある為、口元を手で隠すことがある。中学生ごろから犬歯の横の隙間や、八重歯が気になるようになった。コンプレックスなら歯科矯正をすればいいのだが、そこにお金をかけるほどのコンプクレックスではない。でも一度思春期に好きな女子に「中村君の八重歯可愛いよね」と言われてしまうと気になって自然と手で隠す癖が付いた。言動などが中性的という訳ではない。男子の中では悪目立ちしているのは自覚している。

 学生時代、一樹の見せたふとした時の一面に、中高男子校出身の葉は少し驚いた。男子校にも中性的な意味で目立つ子は実際居たし、自分の様に実家から通学している学生ではあまり聞かなかったが学生寮に住んでいる寮生同士ではBLのような事が実際にあったといううわさ話聞いている。そして何よりも違和感なのは、一樹はイケメンではない。人の容姿をとやかく言うのは間違っているのはわかっているが、なんで自分がドッキとしてしまったのかは未だに分からない、そして気が付くように詮索しないと決めた。


 思い返せば、男三人兄弟の末っ子、男だらけに囲まれた思春期を過ごしたせいか、葉には女性恐怖症もしくは女性崇拝に似た考え方を持っていた。女性は常に笑顔で機嫌が良く。香水を付けなくても良い香りがする。そんな風に男子校では先輩に教えてもらっていた。しかし当たり前であるが、実際に付き合ってみると、自分と同じように汗もかくし、幼いころの母親の様に機嫌が悪い事もある。以前お付き合いをした人とデートに行った時に、「葉くんのおすすめの所に行きたい」「場所はどこでもいいよ」と言われたので、職場の先輩たちが行っている草野球の観戦に行ったことがある。

 サプライズに憧れていると言っていたので、車で彼女の家まで迎えに行きグランドへ向かった。とても楽しいひと時の始まりだと思っていたが、いざ付くとスカートに少しソールが高い靴の彼女は戸惑っていた。

 「教えてくれえればいいのに」

 「それじゃサプライズにならないじゃん」と葉が伝えると、長い息を吐き「楽しみ方教えてね」とつぶやいた。楽しみ方などに決まりは無いのになぜ聞いてくるのだろうか?葉には理解が出来なかった。

普通に観戦して、みんなで騒ぐ。そして、今日はデートなのでその後の飲み会などには参加しないが、普通に楽しめばいいのにと、ふと考えていた。先輩らと別れると、その後は二人で、ファミレスで過ごした。食事を黙々とした後今日の野球の事について語っていた。正直彼女には意味は分からないかも知れないが、自分が楽しんでいる姿とこの後“冷たく”保冷材に包んでいたプレゼントを渡せば彼女の笑顔も復活すると思っていた。

 先に口火を切ったのは彼女だった。「私、あんまり野球興味ないし、サプライズは好きだけど、野球場だとわかっていたら、デニムとスニーカーで行くからさ」葉はとても優しいが時折、女性への免疫というものが10歳ぐらいで止まっているのではと不安になるときがある。おそらくそれは間違っていない。

 「ごめん、そうだプレゼント用意しているんだ。前さ5℃のアクセサリー欲しいって言ってたじゃん。選ぶの少し恥ずかしかったけど、受け取って」とショルダーバックの中から透明なビニール袋を取り出た。透けて見えるのは保冷剤。彼女の眼にはデパ地下の総菜の様に厳重にまかれた“それ”に違和感しかない。

 「少しぬるくなっちゃかもしれないけど、5℃のアクセサリー」とまるで保育教諭の教育実習で「先生松ぼっくり」と笑顔を向けて来てくれた園児のような笑顔を見せつけられ、こいつはバカだと。そして、わからないのならなぜ聞かない。と軽くした唇をかみしめた。これで終わりにしよう。結婚への階段を共に登る事はもうないだろう。自分が大変になるだけだ。結婚と同時に手間のかかる長男が出来そうだ。

 「あのね、葉。5℃っていうのはアクセサリーの温度じゃなくで、ブランドの名前。」「今迄、ずっと思ってたんだけど、ちょうどいい機会だから、私たち別の相手見つけよう。葉は素直だから私みたいな年下じゃなくて、年上の人に甘やかしてもらった方が良いよ」「プレゼントは気持ちだけ貰って置くね」

 自分だけが置いて行かれた感じで、葉の2度目の恋人は29歳の時に自分の元から去って行った。


 見た目がそこまで良く無い事は自覚をしていた。口元を隠す癖も、前髪の毛束を小まめに直す癖も自分に自信が無いからだ。でも不思議な事に、そこまで雄らしくないからこそ、女子から声をかけてもらう事が多く。そこまで、彼女がいなく寂しい思いをしたことが無い。恋人と過ごしていて、ドラマの様にすぐに全身でぬくもりを確認する行為をあまりしたがらないのも、友達以上恋人未満の関係ではかなり好評だったと思う。しかしいざ付き合いが始まると、その行為が無い事が通常運転であった一樹にとっては、アプローチに耐えることが出来なかった。全く無理なわけではないが、映像と違うと感じる事も多いしなによりも、自分の潔癖さがイヤになった。20代にして自分の男としてのプライドのようなものは、脆く砕けた。

 高校時代に付き合った相手には「一樹君ってプライドが高いよね」「そういところ、自信ありそうで嫌いじゃないよ」と言われた事を思い出していた。自分に自信が無いのに、プライドが高いってみじめじゃないか。と思いながら、結婚式の招待状の出席に丸を付けた。特に同期の女子と親しかったわけではない、本人には申し訳ないが、結婚式で懐かしの顔を拝めればいいや程度にしか考えていなかった。


 久しぶりに会った馴染みの顔はみんなして、似たようなデザインのアクセサリーを同じ指にはめていた。誰も教えてくれないなんて水臭いと心の中で叫んだ。少しお酒も入ると、一樹と葉は同じことを考えていたようで、すぐにその会話で円卓を盛り上げた。

 葉が言う「先輩もお前らもこないだ野球であった時に、そんなんしてなかったじゃん」

 「当たり前だろう、いくら趣味の野球とはいえ汚したくないんだよ」

 「普段はしてなくて、冠婚葬祭の時だけだよ」という同期もいた。どんな答えであったとしても、大学時代同じ立ち位置に居たと思っていた友人らはもういない。いないどころか、一抜けする時に教えても貰えなかったことが悲しい。「お前らは、結婚の予定ないのか」そんな言葉が、同期らの左手から聞こえそうで、それ以上は何もしゃべる事はやめた。

式が盛り上がるにつれて、円卓ごとに記念写真を撮りに高砂に向かう、前髪と笑顔を計上記録させるように数秒を過ごすと、どっと疲れを感じた。

 そのまま、席に戻る事をせずに、トイレに寄ったのはきっとお酒だけが理由ではないだろう、きっと素面でも同じことをしたと思う。手を洗いながら、皆が簡単そうに手にしている幸せの“しるし”が自分にはない。そして、気が付いたらつかめずに指の隙間から流れていた。

 式場特有の少し重めの出入り口の扉が開いた、葉も時間差でトイレに来た。洗面台の所で前髪を直しつつ、葉の用が済むのを待つ。「おまえさ。この後2次会どうする。二人で吞みなおさない?」一樹の読み通り、葉も肩身が狭かったのだろう。「ご祝儀貧乏だから、俺の家で宅呑みで良いよな。」

式が終わり、二人は新郎新婦の挨拶という名の幸せの押し売りと、引き出物を受け取り、駅に向かっていた。

 ほとんどの旧友が二次会に参加するため、自分たちは誰とも駅への道で一緒になることは無かった。「みんな教えてくれなくて寂しいよな」とだけつぶやき。特に会話の無いまま葉宅に付いた。


 男兄弟に囲まれて育ったお陰か、一切人を家に呼ぶことに抵抗が無い。そして末っ子特有かも知れないが、兄たちが引っ越すたびにいらない家具や食器などを、葉に押し付ける為大学時代や他の男の一人暮らしと比べても、キッチン用具や食器が多い。

 宅呑みの場所とったら長峰宅という流れになるのは自然の流れだ。いつもの様に一人暮らしにしては少し大きめの冷蔵庫からあり合わせのつまみをとりだし、準備している間に、先に葉の部屋着を当たり前の様に「借りるわ」といって着替えを始める。1Kの部屋のローテーブルを挟んでベランダ側で、一樹が着替えを終えると、キッチンで作業していた葉もタッパーとチューハイの準備を終えていた。お互い場所を入れ替える形となり、今度は葉が部屋着に着替える。日常すぎて、「いただきます」も無い。

 あるのは乾杯という男二人の落ち着いた声だけ。彼女との会話や仕事の会議とは違い、いきなり本題に入る。式の感想という名の愚痴に始まり、お互いに耳まで赤くなるころには、彼女と別れた話しなどもしていた。そんなに酒に吞まれる程、弱くはないはずなのに、今日はやたらと酔いが回っている気がする。式で招かざる客の様な疎外感を感じたためなのか、はたまた同じタイミングで失恋をしていた為か。もしかして、昔感じた気持ちが、ふとせりあがってきたせいか。



 葉がお風呂から出ると、当たり前の様に、流し台の中に食器や空き缶を放置して、一樹はシャワーを借りる。そして食器の片づけは明日に行うが、寝床の準備はしなければ寝れないのでローテーブルをずらし、ヨガマットと寝袋を床に置いておく。ここまですれば後は一樹が自分で行うだろう。

蛍光灯を就寝モードにして、部屋が優しく温い光に包まれた。

いつもの事だから、しかし今日はなぜか知らないが、深夜にやっていた、よくわからない海外映画を字幕で見ることになった。いつの時代の物かもわからない少し眠くなりながら、そして、昔一樹のしぐさにドッキとしたことを思い出し、妙に失恋映画のヒロインに自分を重ねていた。酔いなのか睡魔なのか、過去の話をつぶやいてしまった。

 「学生時代さ、お前が口元を隠す姿が妙に印象に残って何度か似ちゃっていたんだよね」

温い光の中「あっ」と声を出した時にはもう遅かった。酔っていたとは言え、普段は糸目であまり目立たない瞳がしっかりと開いている事が、瞳から60㎝程離れていてもわかる。

 糸目から鎖骨辺りに目線をそらした瞬間に、糸目の持ち主の顔は視界から消え、視界に映るのは相手の左耳とカーテンになった。互いに顔をスライドさせる形になり、互いの鼻がぶつかり合う直前ぐらいで、唇を重ね、互いに息と吸うような。当たり前の様に自分の口腔内に、相手の下唇を受け入れた。


 一樹は、自分は何をしているかわからなくなっていた。先程まで一緒にテレビを観ていた特に意味のない内容が全く入ってこない映画を。廊下へ続く戸を視界にいれていたはずなのに今は目を閉じ、口腔内に相手の下唇と唾液を招き入れている。彼女との時は自分の妙な潔癖症からなのかあまり感じなかったのに、今はなぜだか接吻だけで高揚している。彼女の様にTシャツの下に、夜用の下着などはつけていない。スッとわき腹から手を入れやすい。互いにスポーツをしていた訳なので筋肉が程よく付いている。抵抗したければ抵抗できるはず。そして、潔癖症な一樹は手を止めようと思えば止められるはずである。しかし手が止まる事は無く。一度Tシャツを素肌の間から手を抜き、自分のTシャツに手をかけ、カーペットに落とした。先程とは違い、右手を相手の腰に回す。そしてTシャツの裾を天井の方に上げる。何にも引っかかる事との無く、床に投げ擦れられたのは、葉が自然と天井に手を挙げたからだ。流れるように葉をベットに座らせて、覆いかぶさる形で自分の唇を首筋に付けた。

 自然と目と目が合い、思わず少し笑ってしまった。男二人で何をしているのだろうか。でも不思議なぐらい心が落ち着いた気がする。


 東向きのカーテンの隙間から光が差し込む。なぜか知らないが、一夜を共にした朝から、逆の方向を向いているはずなのに目が合い笑い合う。

 中村一樹が笑う。「まさか葉とこんな事になるなんてな(笑)」

「俺だって」と目線をずらして照れ笑いをする。長峰葉。

 初めて出会ってから12年がたつが初めて二人で朝を迎える。自分では気が付かないほど、手に届くところにあった幸せが寄り添っていた。


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