ジョンの日記
「ジョンの日記」
五月五日
今日でじいさんとばあさんに拾われてから、ちょうど五年になる。
近くの川に捨てられていた俺をじいさんが見つけてくれて、家で保護してくれた。俺はビビり散らかして吠えまくっていたが、ばあさんが優しく撫でてくれたおかげで何とか落ち着くことができたのをよく覚えてる。
いつか追い出されるだろうと思っていたが、なんだかんだ今日までずっと俺をここに置いてくれている二人には、今日改めて感謝したい。
俺が人間である二人に出来ることはあまりないだろうが、できるだけ長く二人と一緒に過ごしたいと思う。
これからもよろしく頼むぜ。
五月十四日
今日も日課である朝の散歩に二人と出かけた。
朝の澄んだ空気の中、畑に挟まれた一本道を歩くのは最高に気持ちいい。
今にも駆け出したい衝動に駆られるが、俺はガキじゃねえ、ジェントルマンだ。
最近膝を痛そうにしているばあさんのために、ゆっくりのペースを保った。
俺たちは家族。お互いに思い合って生きていかないとな。
まあ、最後はじいさんが首輪を外してくれたおかげで、思いっきり走り回ったわけだが。
もっと気持ちを隠せるようにならないとな。
五月二十四日
じいさんが青色の円盤みたいなのを持って、家に帰ってきた。
なぜだかその円盤を見ていると、猛烈に噛みつきたい欲が湧いてきた。
じいさんが俺を見てニヤニヤしながら裏庭の方へと歩いて行くもんだから、俺もその後を追いかけていくと、じいさんが急にその円盤をヒョイッと放り投げた。
それと同時に俺は地面を蹴る。右へと流れていった円盤を追いかけて、落下地点を予想する。
その場所へと飛びつこうとした瞬間に、円盤は風に乗って大きく左へと逸れた。
慌てて俺もジャンプする方向を瞬時に変更する。
何とか噛みつくことに成功した俺は、円盤を咥えてじいさんの元へと駆け寄って行った。
満足げに俺の口から円盤を取り上げたじいさんは、またその円盤を放り投げて……。
面白すぎて無限にできちまうな。
じいさんの筋肉痛が治ったら、また投げてもらおう。
六月七日
じいさんはいつも昼頃に出かけていって、夕方日が沈む頃に帰ってくる。
その帰りを玄関で待つのが、いつのまにか俺の日課になっていた。
今日も普段通りの時間に帰ってきたじいさんは、両手に袋いっぱいの野菜を持っていた。
一度連れて行ってもらったことがあるが、じいさんは畑を持っていて、そこでいろんな野菜を育てている。
もう歳なのに毎日欠かさず畑の手入れをしているのはマジでリスペクトだぜ。
労いの意味を込めて、二、三回吠えておいた。
六月二十日
今日、いつもの時間にじいさんが出ていったきり、帰って来なかった。
ばあさんが心配そうに出て行ったが、どこに行っちまったんだ?
結局ばあさんも帰って来なかったが、まあ明日には帰ってくるだろ。
俺はばあさんが出て行く前に用意してくれた飯を食って、おとなしく寝た。
六月二十一日
ガラガラッという家の戸が開く音がして、俺は目が覚めた。
急いで玄関の方に向かうと、ばあさんだった。
帰ってきてくれたことに一安心していると、ばあさんは俺の顔を見るやいなや、俺を抱きかかえてオロオロと泣き始めてしまった。
誰だ。俺の大切なばあさんを泣かした不届き者は。俺の自慢の跳躍力で、顔面にジョンキックを入れてやる。
ったく、こんなときにじいさんはどこに行ってるんだ。
帰ってきたらキツく叱ってやらねーとな。
六月二十二日
じいさんが帰ってきた。
ワンワン吠えてやろうと思っていたが、クソでかい箱の中でぐっすり寝ていたから自重しておいてやった。
箱をトントン叩いても全然起きてこない。
まあ、畑仕事の疲れが溜まっていたんだろうな。そっとしておいてやるか。
俺はじいさんが入った箱の隣で寝た。
六月二十三日
今日は珍しくお客さんがいっぱい来た。同じような服装で続々と我が家に入ってくる。
俺は玄関で座ってそれを見ていると、いろんな人に撫でてもらえた。撫でられるのは何年経っても気持ちが良い。
それにしてもこんなに大勢で何をするんだ? パーティーでも催されるのか?
俺はばあさんに外に出されて、何をしているのか見ることができなかったけど、最近はじいさんもばあさんも元気無いみたいだったから、ぜひこれを機会に元気を取り戻してほしいと思う。
六月二十四日
またじいさんが出て行っちまった。
結局最後まで起きないままだったな。
まあばあさんもついて行ったし、心配はいらないだろう。
早く戻ってきてあの円盤を投げてほしい。最近は散歩にも行けてないから、いろいろとたるんじまってるんだよ。
まあ、じいさんの疲れが取れるまで、気長に待ちますか。
七月二十四日
じいさんが旅に出てから一月も経っちまった。
出て行ったあの日、いつもの時間にばあさんが帰ってきて、また俺を抱きかかえて泣いていた。
その次の日から、ばあさんも一緒に玄関で待ってくれるようになったけど、じいさんが帰ってくる気配は一向にしなかった。
今日ももう日が暮れちまうが、じいさんは姿を見せなかった。
すると家の奥から良い香りがし出して、その香りを辿っていくと、ばあさんが緑の棒に火を付けていた。
俺はこの香りが好きだ。どう言い表せば良いか分からないが、風情のある香りがする。
俺はばあさんがじっとしいている横に座った。
じいさんには早く帰ってきてほしいが、正直そこまで心配していない。
いつかまた何食わぬ顔でしれっと帰ってくるだろう。
なぜ一ヶ月も帰ってきてないのにそう思えるかって?
見てみろよあの満開の笑顔。いつ見てもキラキラしてるぜ。
こんな素敵な笑顔の持ち主が俺たちを裏切って、どっか行っちまうなんて考えられないぜ。なあ? ばあさん。
顔を上げたばあさんが俺を見て優しく笑った。
まあ、俺はじいさんを待ち続けるぜ。せめて俺がポックリ逝っちまうまでには帰ってきてくれよな。