第四十三話:事故現場
私が中学生の頃、学校帰りに交通事故を目撃したことがあった。
通学路の途中にある、少し大きな十字路でワゴン車と軽自動車が衝突した事故で、私が通りかかった時はまだ警察も救急車も到着はしていなかった。
うわ、すごい。事故だ。
子供ながらにそんなことを思い、しかし子供であるが故に手助けとなるようなことができるほど機転が利くわけでもなく、私はただ驚きながら事故車両を避けるように大きく迂回しながらゆっくり通り過ぎようとした。
どういう経緯で事故が起きたのかは後から知ることとなったのだが、どうやらワゴン車が信号無視をして交差点へ進入し、軽自動車に衝突してしまったようで、実際私が現場を目撃した時、その軽自動車は運転席側が原形をとどめない程にひしゃげてしまっていたのを覚えている。
ワゴン車の近くには、恐らく三十代か四十代くらいの男女が立ち、男性が携帯電話で何やら話し込み、女性の方は表情を無くしたようにただ茫然となって地面を見つめていた。
あの人たちが事故を起こしちゃったのかな。
そんなことを思いながら見ていたその時、私は立ち尽くす男女の他にもう一つ、おかしなモノを目撃してしまった。
運転席がひしゃげた軽自動車の真下から、突然橙色の服を着た老人が這い出てきて、そのままトカゲのような動きで地面を移動すると、衝突してきたワゴン車の下へと入り込んでいったのである。
時間にすれば、本当に一瞬。
その老人は八十代くらいの男性で、出血していたのか頭から肩口にかけて赤く染まり、苦しそうに口を開けながら異様なスピードでワゴン車の下へ消えていったのだ。
しかも不思議なことに、その老人が這うすぐ目の前に立っていた男女はまるでそれが見えていないように無反応で、驚くどころか目で追いかけるような素振りすらみせてはいなかった。
私は今見た老人は何だったのかと足を止め、その場で屈むようにしてワゴン車の下を覗き込んでみたが、そこには老人の姿などなく、ただ向こう側の地面が見えるだけだった。
その後、母親から聞かされた話では、私の目撃した交通事故で軽自動車を運転していた七十代後半の高齢者が頭と胸を強く打つかたちで亡くなり、ワゴン車を運転していた男性は逮捕されたという。
女性は男性の妻であったそうだが、彼女がどうなったのかまではわからない。
ただ、私は事故を目撃したあの時、車の下から這い出てきたあの老人が、ワゴン車の下へ移動し消えた理由の方が気になって仕方がないのだ。
あれは亡くなった老人の怨念で、自分の命を奪った相手側に恨みを抱き現れたのか? それとも、あの交差点には元々何か得体の知れない存在が潜んでいたのか。
霊感のない私には解は出せないが、あのワゴン車と持ち主たちの身に、その後何か不幸なことが起きたのではないかと、そんなことを、今でもあの事故を思い出す度に考えてしまっている。




