第四十話:自分の指
渋沢が話し終わり、俺と戸波はその余韻を味わうように暫し沈黙を続けながら、述べるべき感想の言葉を探した。
「……影に幽霊が憑りつくっていうのも、珍しい話だな。その後は、話をしてくれたっていう知り合いにおかしなことは起きなかったのか?」
そうして、思いついた疑問を放ると、渋沢は
「さぁな。特に何も言ってなかったから、大丈夫だったんじゃねぇか?」
と、他人事だしといったような返答をしてきた。
「前にさ、あたしテレビで観たことあるよ。本物の幽霊が出るお化け屋敷。その人が行った場所もそれと似たような場所だったのかもね。その人の場合、自分の影までおかしくなってたんでしょ? 何だろ……カップルの霊だったのかな」
「どうだろうな。まさか幽霊のカップルがデートでもしてたっていうなら、ちょっとは和むかもしんねぇけど」
戸波の言葉に少しふざけた口調でそう言いながら、渋沢は俺と戸波へ交互に視線を向ける。
「さて、そんじゃ次は誰が話す? 続けてオレが話しても良いけど」
「あ、それならあたしが話す。フミくんのに比べたら恐さは薄いけど、ちょっと特殊な話があるの」
「特殊?」
二番手を名乗り出た戸波のこぼした言葉を、俺は反芻するように繰り返した。
「うん。恐いって言うより、不思議な感じがする話だよ。まぁ、これもずっと前にネットで見つけたやつなんだけどね」
とりあえず聞いてよ。
まるで慌てるなとでも言うように右手をヒラヒラと振ると、戸波はその特殊な話とやらを語りだした。
「ネットに投稿した人、文章の書き方を見た感じでたぶん女の人だと思うんだけど、その人、秋のお彼岸に家族でお墓参りへ行ったんだって。確か、中学一年の時に体験した話だって書いてたかな。それでね、そのお墓にはお爺ちゃんとお婆ちゃんの遺骨が納められていたらしいんだけど、その二人とは別に実はもう一人の骨も入ってて。でね、お線香をあげてお供え物もして手も合わせて、それじゃあ帰ろうかってことになって。あたしは詳しくないから、本当かわかんないけど、その人の家ではお墓参りに来た際、帰る時には線香とお花以外のお供え物は、全て持ち帰るようにしているんだって。て言うか、それが本来のマナーらしいんだよね」
自分で語る内容に、僅かに首を傾げて見せたりしながら、戸波は淡々と話を進めていく。
「それで、お供えしたお菓子とかジュースを全部回収したんだけど、お父さんがね、その場でお供えしたばかりの缶のお茶を開けて飲みだしたんだって。そしたら、そのお父さん、いきなりむせたみたいになって口に入れたお茶を吐き出して。驚いた様子でその自分の吐いたお茶を凝視し始めたから、家族がどうしたの? って訊いたら、お茶の中に指が入ってたって言いだしたんだって。でも、吐き出したお茶が染み込んだ地面にそんなものはないし、気のせいだったんじゃないのかと家族が言うと、お父さんは首を振ってそんなはずはない、間違いなく固形物を飲み込みそうになったし、あれは絶対に人の指だって言い切ったの。……で、実はね、その家族のお墓にはお爺ちゃんとお婆ちゃんの他に、お父さんの足の指の骨が埋葬されてたらしくてさ」
「は?」
突然おかしな設定が飛び出したことで、黙って聞き入っていた渋沢が間の抜けたような声を割り込ませた。
「お父さん、糖尿病だったんだって。それが原因で足の指が壊疽して、切除する手術を過去にしてたそうでさ。その時の指を火葬して先にお墓に入れてたの。だから、お父さん……自分が飲みそうになったのは、切除した指の霊だったんじゃないかって疑いだしたらしくて。自分の足の指が、元の身体に戻りたくて、それで出てきたんじゃないかって。家族はさすがにそんな馬鹿な話があるかって一笑に付したらしいけど。でも、指だって立派な人間の一部なんだから、そういう理屈では説明できない不思議な現象があってもおかしくはないだろうって、お父さん真面目な顔で笑う家族に反論してた
んだってさ。実際、お茶を飲んで固形物の感覚がはっきり口の中で感じたのに、吐き出したら何もなかったっていうのはおかしいし、場所がお墓ってことも考慮すれば、霊的な力が働いてはいたのかもね」
とまぁ、そんなお話です。
そう言ってペコリと頭を下げ、戸波は確かに少し特殊と思えなくもない話に幕を下ろした。
「ね? 恐いとは違う系統の話だったでしょ?」
「まぁな。しかし、その父親が本当に何かを飲み込みそうになってたとしてもよ、墓に供えたばっかのお茶飲んだわけだろ? 罰でも当たったんじゃねーのか?」
腕を組み考えるようなポーズを作りながら、渋沢が呻いた。
「でも、お供え物を持ち帰るのがそこのお墓ではルールだったみたいだよ? それで罰なんて当たるかな?」
唇を尖らせる戸波を見ながら、俺も渋沢の言葉には疑問を抱いた。
戸波が言った通り、お墓に供えた飲食物はカラスの餌になりゴミ等が散乱する恐れがあるという理由で、持ち帰りをお願いしている地域があることを俺も知っている。
お墓を管理するお寺がそういうルールを決めていたりもするため、それで呪われたり恐い思いをさせられるというのも釈然としない。
となれば、話に出てきた父親が言ったように、自分の指の幽霊だったとでも解釈した方がまだ怪談としては面白いかもしれない。
「……わかんねぇな。でも、自分が父親と同じ目に遭ったら、普通に嫌なのは確かだわ。缶のジュース飲む度に思い出すだろうし」
「いや、あたしなら暫く飲めなくなるけどね」
そこで一度、会話が途切れた。
羽切が閉めたカーテンに遮られ窓の外は見えないが、逆に開けっ放しにされて暗い外の闇が見えていたら、今頃少し不気味な思いをしていただろう。
怪談を語り合う家の中を、窓にへばり付くようにして覗き込もうとする人影を妄想し、俺は一人で苦笑してしまった。
「……それじゃあ、次は俺が話をしようか」
その苦笑を噛み殺し、俺は静寂が落ちた部屋へ次の話題を提供する。
「これも、今の戸波が話したのと同じタイプの怪談になるのかな。不思議とグロがミックスされたような内容なんだけど、俺が小学生の時にクラスメイトから聞かされたんだ」
「グロ? え? スプラッタ的なやつ?」
「いや、そういうのとはまた別のタイプの話」
嫌そうに顔を顰める戸波へ首を振って答え、俺は
「まぁ、取りあえず話すから聞いてよ」
ずっと昔に聞いた“虫”に纏わる話を頭に思い浮かべた。




