――晩餐の準備を待つ――
「――とまぁ、こういったお話を聞かせていただいたことがありました。人が密集する大きな建物だからこそ、人でなくなったモノも住み憑きやすかったりもするのでしょうかね? 興味深いところです」
そう静かに語り、羽切はチラリと天井の明かりを見上げた。
「考え方次第では、博打だよな」
苦笑いを浮かべ、渋沢が俺の方を見て呟きをこぼしてくるのを確認して、何がだ? と視線で問い返す。
「マンションとかってさ、場所によっては家賃が高かったり部屋を買えばそれこそローン組んで払っていかなきゃって値段だろ? そこまで覚悟決めて生活始めてよ、事故物件でしたみたいなオチじゃ涙も出ねぇじゃんか。オレなら、開き直って霊にキレるかもしんねぇ」
「それで霊がビビるなら、ありなんじゃないか?」
くだらないことを言う友人へ笑いながらそう返し、何気なく壁の時計へ目をやると、何故かつい先程まで動いていたはずの針がピタリと止まってしまっていることに気がついた。
「あれ? 羽切さん、あの時計止まってるみたいですけど……」
気づかぬうちに、コッコッと一定のリズムを刻んでいた秒針の音も止み、完全な静寂と化していた室内。
静寂の中で全員が時計を見上げ、それから羽切だけが微笑を浮かべたまま小首を傾げる仕草をみせる。
「……あら、本当ですね。古い時計ですし、最後に電池を交換したのもかなり前でしたから、後で見ておきましょう。それよりも、さすがにそろそろ夕食を召し上がった方がよろしいんじゃありませんか? あまり遅くなってしまってもなんですし」
「ああ……」
時計から注意を逸らされるように、俺たちは自然とそれぞれのスマホを確認した。
いつの間にか、時刻は九時を過ぎてしまっている。
そんなに長い時間が経過していただろうかと少しばかり驚きながらも、確かに食事をしておかなければいけないかと納得もする時間帯ではあった。
「どうするの?」
判断を仰ぐように、戸波が俺と渋沢を交互に見て訊いてくる。
「そうだな。これ以上遅くなっても、用意してくれる羽切さんに迷惑かけちゃうし、素直にいただいておこうか」
これ以上遠慮をし続ければ、逆に迷惑にしかならない。
そう考えて告げた俺の言葉に、二人も同意を示すように頷いてくる。
「では、簡単なものではありますが、今からご用意させていただきますね。少々お時間がかかりますので、自由に寛いでいてください」
俺たちの意見がまとまるのを確認し、羽切は静かに立ち上がると、漬物を食べ終えた渋沢の皿を回収して台所へと移動していく。
それを見送り、羽切の姿がドアの向こうへ消えると同時、俺たち三人はそれぞれ示し合わせたように身体の力を抜き息をついた。
「時間が過ぎるの速いね。せいぜいまだ八時くらいかと思ってた」
声を潜めるようにしながら、台所から目線を逸らした戸波が呟き、俺の方を見てくる。
「うん。話してると大抵あっという間だったりするし、結構夢中になって聞いてたからな。でも、何だかんだで楽しかったんじゃないか? こんな風にがっつり怪談聞いたり話したりすることってなかなかないしさ。百物語やってるみたいな気分になれたよ」
「それわかる。あたしも小学生の頃思い出してさー。そう言えば皆で集まって恐い話した時も、こんな感じでワクワクしてたっけなーって。でも、さすがに百は無理だよね。四人じゃネタ続かないし、もっとテンポよくやらなきゃ」
共感できて嬉しかったのか、うんうんと首肯しながら戸波が言うと、渋沢が
「百はさすがに無理だけどよ、もう少しくらいならいけそうじゃねぇか? あの羽切って人があとどんくらい話のストックがあるのかも気になるし」
そう言葉を挟んで、またチラリと台所を隔てる曇りガラスを見つめた。
そんな友人二人を見ながら俺は、確かにこのままただ座って時間を持て余すのもつまらないなと思い、軽い気持ちで怪談を続ける提案を口に出してみた。
「それなら、夕食が用意できるまでの間、俺たちだけで怪談を続けてみるか? 俺も今二つくらい思い出した話あるしさ」
「おう、別に良いぜ。じゃあオレも、二つくらいは披露するか。どっちも知り合いから聞いたやつだけどよ」
即座に渋沢が同意し、
「あ、じゃああたしも一つ話したいのある。さっき水の話をしてた時に、少し似たような話を読んだことあるのも思い出したから」
戸波も小さく手を上げる仕草をしながら、それに続いた。
「よっしゃ、それなら今度はオレが話すぜ。こいつも大学の知り合いから聞いた話だけど、そいつが高校の時にどっかの遊園地にあるお化け屋敷に入って体験したってやつ」
満場一致で意見がまとまったと見るや、真っ先に口火を切ったのは渋沢だった。
特に順番にこだわるつもりもないため、俺と戸波もそのまま渋沢の話に耳を傾ける。
「これは、その話してくれた知り合い、南橋って奴が高校一年の夏休みに体験したっていう話だ」




