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怪談遊戯  作者: 雪鳴月彦
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第三十八話:同居人

 最後は、伊盛(いもり)さんと言う、私が以前少しだけ勤めていた職場の男性から聞いたお話を紹介しようと思います。


 伊盛さんは、当時四十代前半くらいだったのですが、数年前までマンションを借りて生活をしていました。


 十二階建てで、伊盛さんが借りた部屋は四階。


 そこへ引っ越しをして、最低限の荷ほどきを済ませた後に、一応両隣の部屋くらいには挨拶をしておこうと、用意していた菓子折りを持って部屋を訪問しました。


 右隣の部屋には、五十代くらいの夫婦が二人で住んでいて、和やかに対応をしてくれた。


 そして、左隣には二十代後半から三十代前半くらいかと思しき夫婦が入居しており、こちらは対応してくれた奥さんは(ほが)らかで愛嬌(あいきょう)のある可愛い女性だったが、その後ろに立っていたご主人は、無口で愛想が悪く、伊盛さんが話をしている最中一度も目を合わせず、ただ立っているだけで会釈(えしゃく)すらしてはくれない、変わった感じの人だった。


 とは言うものの、隣同士というだけで所詮(しょせん)は赤の他人。


 何か特別なことでもない限り、深く関わることはないだろうと、伊盛さんはそれほど気にもしなかった。


 そうして、新しい環境から職場へ通う生活が始まった伊盛さんでしたが、一ヶ月も過ぎた頃になって、ふとあることが気になり始めた。


 朝、伊盛さんが出勤のため部屋を出ると、毎日ではないものの、同じくらいのタイミングで右隣に住む老夫婦の旦那さんも部屋から出てくることがあり、奥さんに見送りをしてもらう光景を見ることがあった。


 独身だった伊盛さんは、若干羨ましいなと思いながら夫婦のやり取りを眺めていた。


 しかし、逆に左隣の部屋からは、OLをしているのか、スーツ姿の奥さんが一人で部屋を出てくる姿を見かけるだけで、引っ越しの挨拶をした時以来、旦那さんのことを一目も見た記憶がなく、それが妙に気になったという。


 身体が弱く、働けない。フリーランスか何かで、在宅の仕事をしている。最近は専業主夫なんてのもいるから、それなのだろうか。


 色々な可能性を頭に浮かべたりしたものの、他人の家の事情を本人たちへ訊ねるのはさすがに失礼だろうと、伊盛さんはずっと頭の隅にこびりつく好奇心を抑えていた。


 そんな思いを胸中に抱えて一年程過ごしたとき、突然左隣に住む奥さんが部屋を訪ねてきて、近々引っ越しをすることが決まったので、今のうちに挨拶をしておきたいと粗品を渡してきた。


 それを受け取りながら伊盛さんは、いなくなってしまうのなら訊いてしまっても良いだろうと、ずっと気になっていた旦那さんのことについて問いかけてみた。


 すると、奥さんは不審そうな表情で伊盛さんを見つめ、


「あたし、結婚なんてしていませんし、ずっと一人暮らしでしたけど?」


 と硬い口調で返事をしてきた。


 そんな馬鹿なと一瞬思いかけた伊盛さんは、それならあの時一緒にいたのはたまたま遊びに来ていた友人か親戚だったのかと、自分の勘違いに気づきすぐに頭を下げ謝罪した。


 しかし、この謝罪にも奥さん――ではなくその女性は、釈然としない様子で首を捻り、


「伊盛さんがご挨拶に来た時でしたら、あたししかいなかったはずです。そもそも、ここへ引っ越しをしてきてからは、業者の人以外誰も部屋へ上げたことなんてないんですが……」


 そう、告げてきた。


 結局、その女性とはぎくしゃくした状態で別れてしまい、どうにも後味の悪い最後となってしまった。


 伊盛さんが見た男性は、服装や雰囲気からして何かの業者といった風貌(ふうぼう)では絶対になかったと言っており、ではそれが何者であったのか、その正体は掴めぬまま。


 伊盛さん曰く、


 男の正体も気になってるけど、結局あいつはずっと女の人と同居していたということなのか。そして今も、まだ新しく入った住人と一緒に暮らし続けているのか。


 それも気になって仕方がないのだそうです。

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