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怪談遊戯  作者: 雪鳴月彦
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第三十六話:生焼けの臭い

 さて、次はちょっとショッキングな内容のお話になってしまうかもしれませんが、去年の秋にここを訪れた二十代前半の女性から聞かせていただいた体験談です。


 この方は四ノ原(しのはら)さんとしておきましょうか。





 四ノ原さんは、高校を卒業後に関西にある大学へ進学したそうで、その際ご両親と一緒に自分が住むマンションを探し、条件に合う場所を見つけました。


 ご両親は公務員なんですと、少し自慢気におっしゃっていたので、恐らくですが裕福な家庭で育ったのでしょう。


 そんなご両親と共に見つけたマンションは、オートロック式のそれなりに新しい建物だったそうで、大事な娘が安全に暮らせるためならと、お父さんが契約をしてくれたとおっしゃってました。


 そうして、四ノ原さんはそのマンションから大学へ通うようになったのですが、やはり始めての一人暮らし。


 年頃ですし、生活に慣れてくると友人も増え夜遊びなどもするようになりまして。


 夜の遅い時間帯にマンションへ帰宅することも、結構あったそうです。


 そして、四ノ原さんが不可思議な体験に遭遇したのも、そんな夜の遅い帰宅となった時のことでした。


 食事やカラオケなどで友人たちと盛り上がり、終電でマンションへ戻ってきた四ノ原さんは、エレベーターに乗り自分の部屋のある階で降りると、普段通りに通路を歩いていたそうなのですが、突然焦げ臭いにおいとそれに混じってほんのりと、肉の焼けるような臭気が鼻をついたと言います。


 どこかの部屋で焼き肉でもしているのかな。まさか火事ってことはないよね。


 玄関の隙間などから、臭いが漏れてきているのかもしれない。そう都合の良いことを適当に考え、それほど気にもせず歩いていた四ノ原さんでしたが、ふと、こんなはっきり臭うのに全然通路に煙が籠っていないなと、おかしな状況に気がついた。


 それどころか、何だか徐々に臭いがきつくなってきているようにも感じる。


 何だろうこれ、嫌だなぁ。まさか部屋の中にまで臭い入ってこないよね。


 意識して呼吸を浅くし、速足になりながら自分の部屋の前まで移動した四ノ原さんは、さっさと中に入ろうと部屋の鍵を取り出しドアを開けようとしたのですが、その時、視界の端で何か黒いモノが動いたのに気づき、反射的にそちらへ顔を向けた。


 そこで四ノ原さんが見たのは、自分が歩いてきた側、つまりはエレベーターのある方向から、全身が赤黒くなった全裸の男が、必死に這いながら自分の方へと近づいてきている光景。


 頭にはほとんど毛髪がなく、剥き出しになった頭皮は(ただ)れ、その奥にある肉が油を滲ませヌメヌメと光を反射させている。


 そしてそれは、頭だけに留まらず全身が似たような状態であったと言います。


 それを見た瞬間に四ノ原さんが思い浮かべたのは、以前テレビで観た空襲によって全身を火傷した人たちの姿だったそうで、赤黒く見えているのは焦げた皮膚と肉だと、そう直感したと言いました。


 同時に、恐怖でパニックになりかけた四ノ原さんは悲鳴を上げながらどうにかドアのカギを開けて中へ入ると、すぐにロックをして奥の部屋へと逃げたそうです。


 その後、暫く通路の様子を窺うように警戒していたものの、特に何も起こらず、あの焦げたような肉の臭いもすることはなかった。


 四ノ原さん、さすがに通路を覗いて男の姿を確認する勇気は出なかったので、その夜は恐くてお風呂に入ることもできないまま、電気を点けた部屋で一晩を過ごしたそうで、翌朝改めて部屋から出て通路を確かめてみたものの、火傷をした男の痕跡などはどこにも見つけることができなかったということです。


 それに、這って移動するほどの重症者が本当にいたなら、マンション内でも騒ぎになるか、せめて噂くらいは流れそうなものですが、そういったことは一切なく、その後は一度も焦げた臭いがすることも、火傷(やけど)だらけの男の姿も見ることはなかったそうです。


 ただ、四ノ原さんが思うに、遭遇した男性は過去にあのマンションがあった場所で何らかの理由で焼死した人の霊だったんじゃないかなと、そう考えているのだとおっしゃっていました。

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