――幕間――
「……それ、水道の錆とかが原因じゃねぇなら、血の味だったとかってオチか?」
戸波の語った話を微妙な面持ちで聞いていた渋沢が、口元を歪めながら呻くような声を出した。
「さぁ? だからわかんないままだよ。でも、何か嫌って言うか……恐いでしょ? 真っ暗な中で、自分は何を飲み込んだんだろうって、あたしその子の体験したこと自分に当てはめてリアルに想像したら、気分悪くなってさ。それ以降、見えないっていうシチュエーションが苦手になったの」
「人ってさ、目が見えてないとその分五感が鋭くなるって言うじゃんか。いつも以上に耳とか手とか敏感になるっていうか。その子も、ひょっとしたら無自覚に味覚が敏感になってて、ほんのちょっとの錆の味を大袈裟に感じ取ったってこともあるんじゃないかな? まぁ、ちょっとだろうが錆の味してる時点で飲み水としてはヤバいかもしれないけど」
二人の会話へ混ざり、俺も思い浮かんだ現実的な可能性を述べてみた。
「うーん? そういうこともないとは言えないかもだけど……でも、どうかな。吐き出すほどだって言ってたんだよ? いくらなんでも、見える見えないでそこまでの差はないんじゃないかなぁ?」
だけど、戸波は納得ができないようで首を捻りながら俺の推測に疑問を返してきた。
「羽切さんは、この話どう思いますか?」
そうして、俺から羽切へ首の向きを変えると、そのまま意見を求めるように問いかける。
「そうですね。戸波さんの言うように、水道管などの劣化等が原因なら、その時だけ錆の味がしたというのは少し説得力に欠けるような気もします。吐き出すほどはっきりと錆の味がした。でも、電気を点けて確認すると、至って普通の水でしかない。……常識的考えれば、あり得ない事象である可能性は高いかと。団地などの屋上にある貯水タンク、あの中に死体が入っていた……なんて事件や事故がたまにあると耳にしたことがあります。その子の件も、案外そういうこともあり得るのかなと、聞いていて私は想像してしまいました」
「死体……」
羽切の吐き出した言葉に、戸波の頬が固まる。
「実際、どうなんだよ? その子の家って団地だったのか?」
興味本位な口調で問いかける渋沢の声に、戸波は若干の間を空けてから
「……そうだったような気がする」
と、慎重な態度で頷いた。
「嘘……じゃああの子の住んでたとこ、タンクに死体があったの?」
「それはわかりませんよ? もし本当に死体があったのなら、ニュースになるか、最低でも近隣では大きな噂くらいにはなったことでしょうし、それがなかったのなら過去にそういった出来事があり、未だに貯水タンクの中には亡くなった方の霊や残滓が残っていたのかもしれません。いずれにせよ、ただの憶測ですけれどね」
団地共用の貯水タンク。その中で人知れずに腐敗していく元人間。
想像し、俺は胃の辺りが重苦しくなるのを自覚しながら、どうにか平静を装ってやり過ごす。
「そういや、ずっと前にいたよな。どっかの団地の屋上に忍び込んで、タンクの中に入って自殺した奴。ああいうことする奴って、何考えてるんだろうな」
「一人になれる場所を探して、入り込んだりするんじゃないのか? じゃなきゃ、その団地の住民や管理人に恨みがあって最後に嫌がらせしてやろうとか思ったり」
「勝手過ぎるだろ、それ」
「まぁな。でも、本気で死ぬ覚悟した人とか、死ぬ以外の選択肢がなくなったような人って、もうそういう迷惑かかるとかって判断できないんじゃないかな。そこまで見る余裕がなくなってる、みたいな」
「ああ……そういうもんなのかな」
どこか釈然としない様子で、それでも一応納得したという頷きをみせ、渋沢は最後の漬物を口に入れた。
「……団地と言えば、こんなお話も聞かせてもらいましたね」
渋沢が漬物を咀嚼する音に混ざりながら、羽切がまた何かを語る気配を漂わせ俺たちを見つめてきた。
「羽切さん、どんだけ怪談ネタあるんですか」
笑いながら渋沢が言うと、羽切は嬉しそうに笑いながら「たくさんです。まだいくらでも話せますよ」と、さも当然という風にあっさりと返答をしてくる。
「…………」
尊敬と僅かな呆れのような感情を混ぜ合わせた気分になりつつ、俺と渋沢は羽切へ曖昧な笑みを返す。
戸波だけは一人目を輝かせて期待のこもった視線を注ぎ、羽切もそれにまんざらでもなさそうな表情を浮かべていた。
「あのですね、私は過去に一度も住んだことがないのですけれど、団地やマンションというのは不特定多数の人が入れ替わりながら生活をする場ですよね? それ故に、多くの念や想いなどが取り残されていることがあるようでして。偶然かもしれませんが、私の場合アパートに住む人の怪異より、団地やマンションで生活をされてる、またはされてた方から教えていただいた怪異の方が数が多いんです。なので、せっかくですからその中からいくつか、印象に残っているものをご紹介しますね」
そう告げる羽切の声へ呼応するように、またパシッという家鳴りがすぐ側で響いた。




