第三十三話:水の味
「……その話、本当に実話だったら滅茶苦茶恐いじゃん。自分が襲われた立場だったらって想像すると背中ゾッとしそう」
聞き終えたばかりの渋沢の話に、戸波がそう言葉をこぼした。
「ただでさえ崖の上から落とされてさ、真っ暗なわけでしょ? 落ちてる最中は一瞬だろうけど、どんなこと考えちゃうだろ……。見えない場所に落下するのって想像するとゾワゾワしない?」
「そっちかよ。霊にビビれよ」
「いや、幽霊も普通に恐いよ。でもさ、あたしたまに思うんだけど、人って目に見えない恐怖には敏感にならない? あたしね、中学生の頃にクラスメイトから聞かされた水の話がちょっとしたトラウマになってさ。たぶん怪談とは違うのかもしれないけど、でもひょっとしたらこれも一種の恐い話になるのかな……」
「どんな話だよ?」
歯切れ悪く、且つ勿体ぶるようにも受け取れそうな言い方で話す戸波へ、渋沢だけでなく俺と羽切も疑問の眼差しを向ける。
「うーん……恐いより、ちょっとだけ気持ち悪い話になるかもだけど、良い?」
「良いも何も、そこまで言って話さない方が生殺しだよ。普通に気になるし」
そう俺が答えると、戸波は
「そう? それじゃあ一応話すけど、すごい短い話だからね」
と前置きをして、こちらを一瞥した。
「あのね、あたしのクラスメイトの子が、自分で体験したことだって教えてくれたんだけど……。その子ね、夜に喉が渇いて目を覚ましたんだって。夏でもないし、そんな普段喉が渇いて起きることなんてないから、自分でも珍しいななんて思いながら起き上がって、台所へ行ったの。部屋を出る前に時間を確認したら、夜中の二時半くらいって言ってた。それで、いくら喉が渇いてるっていっても、眠いから電気を点けるのも面倒で、真っ暗なままコップに水道の水を半分くらい注いで、それを一気に飲んだんだって」
自分のウーロン茶が入ったコップを手に取り、戸波はそれを僅かに傾けてみせる。
「そしたら、その水、すごい鉄錆の味がして、慌てて吐き出して嘔吐いちゃったらしいのよ。それで、慌てて電気を点けてコップの中身を確認したんだけど、特に何の変哲もない普通の水で、嗅いでみても、変な臭いもしなかったみたいでさ」
話ながら、戸波は傾けたコップを揺らしていたが、すぐに手を止めコトリとテーブルへ戻した。
「口の中には、まだ生臭いような嫌な味がはっきり残ってて、それでもちゃんと確かめたかったんだろうね。その子、もう一回恐る恐るコップを口に運んで、ほんのちょっとだけ残ってる水を舐めてみたらしいんだけど、不思議なことに、今度はちゃんと普通の水の味がしたんだってさ。念のため蛇口を捻ってみても、ただの水しか出てこなかったみたいで、その、暗い中で飲んだ最初の一口がどうしてあんなに錆みたいな生臭い味がしたのか、全然理由がわからないって。真っ暗な中で、あたし何飲んだんだろうって余計気持ち悪くなって、その日は朝までずっと吐き気に苛まれて眠れなかったらしいの」
そこで、戸波は一度口を閉ざし、話はお終いという風に小さく頷くような仕草をみせた。
「だから、その話聞いてからはさ、あたし暗闇の中で何かをするって恐いなぁって思うようになっちゃったんだよね」




