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怪談遊戯  作者: 雪鳴月彦
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――会談会へ――

「――そのぬいぐるみは、息子さんの棺へ入れるかどうか最後まで悩んだそうですが、結局側に残したそうです。息子さんの想いが残っているような気がして、手放せなかったとおっしゃってましたね」


 過去に聞いたという不思議な話を抑揚(よくよう)のない声音で淡々と語った女は、最後にそう付け加え笑うような気配を伝えてきた。


「……恐いって言うか、ちょっと切ない系の話ですね。あたしだったら、立ち直れなさそう」


 しんみりとした声で、戸波がそんな感想を口にする。


 空は更に夜へ近づき、枝葉の隙間から覗いていたオレンジ色の光彩はいつの間にか濃紺へと侵食されかけていた。


「生き物というのは、生まれるときこそ順番があれど、亡くなるときにはそれはありませんからね。後から生まれたからと言って、自分より長く生きてくれる保証はない。何とも、無情なものです」


 ガサリと、一際大きな音を立てて、女は足元に伸びていた雑草を踏み倒す。


「だからこそ、大切な人と過ごせる時間はかけがえのないものと言われたりするのでしょう。――さぁ、もう少しです。あちらに見えるのが私の家ですよ」


 女が立ち止まり、前方を指差す。


 全員でそちらへ目を凝らせば、確かに何やら建物らしき輪郭(りんかく)と仄かに灯る人工的な明かりを見ることができた。


「ああ、良かった。やっと休める」


 安堵した戸波が、肩の力が抜けたような声を漏らすと、女はクルリと振り返り「家に着きましたら、すぐに何か冷たいものをご用意しますね」と告げてニコリと微笑んだ。


「ありがとうございますー!」


 嬉しそうにお礼を言う戸波へ小さく頷き、女はまた下草を踏み分け歩みを再開し、俺たちもすぐにそれを追った。


「さ、どうぞ。遠慮せず上がってください」


 雑草だらけのエリアを抜けると、こぢんまりとした庭へと辿り着き、俺は改めて目の前に建つ家を眺める。


 木造の平屋で、お世辞にも広いとは言えそうにない。


 それでも普段から手入れをしているのか、古さを隠しきれないなりにもしっかりと形を保ち、家としての機能を問題なく果たしているなと、建築に(うと)い俺にもよくわかった。


 ぐるりと周囲を見れば、庭は綺麗に草が刈られ、隅には何やら小さな畑が作られている。


 こんな寂しい場所に、女性が一人で暮らしてるのか。


 純粋に凄いなという尊敬の気持ちと、一人きりで日々を過ごしていることへの哀れみをかき混ぜた気分になりながら、俺は開かれた玄関を潜り家の中へと入った。


「……すげぇな。何か、田舎の爺ちゃんの家とかってこんなイメージだわ」


「お邪魔します。フミくん、お爺ちゃんいたっけ?」


「いや、生まれたときにはどっちももう死んでたから、会ったこともねぇよ」


 俺の後に続いて中へ入った二人も、物珍しそうな顔で家の中を眺め回した。


 ガラガラと音の鳴る、横へスライドさせるタイプの玄関を入ってすぐ目の前が、もう茶の間になっている。


 そのまま真っ直ぐ、正面にはもう一部屋あり、座敷になっているそこは、たぶん寝室に使われているのだろう。


「狭いかもしれませんが、どうぞ。こちらへお座りください」


 先に茶の間へ上がった女は、部屋の隅に重ねてあった座布団を三枚ちゃぶ台の前に並べ、俺たちを(いざな)う。


「すみません」


 お礼を言いながら移動し、俺たちはそれぞれ敷かれた座布団の上へ座り込んだ。


 壁に掛けられた古い柱時計がコッ……コッ……と規則的な音を響かせている。


 見たところ、テレビやパソコンは無く、家具も最低限のものしか置かれていない。


「そのままお待ちくださいね。今飲み物を用意しますので」


 俺たちが座るのを確認すると、女はそう言って隣に続く曇りガラスの引き戸――奥の座敷ではなく、玄関から見て右手側にあった戸だ――を開けて、その先へと姿を消した。


 開いた戸の隙間から一瞬だけ奥の様子を覗くと、どうやらそちらは台所になっているのが把握できた。


「……すげぇな。こんなとこであの人ずっと暮らしてんのか? いくら人それぞれっつってもよ、暇すぎてたまんねぇだろ。テレビどころか、雑誌も見当たらねぇぜ」


 遠慮がちに室内を眺めていた渋沢が、囁くようにして呟きをこぼした。


「買い物とか、どうしてるんだろうね。庭に車なかったみたいだし。移動販売とか来るのかな?」


 隣の台所を気にしながらコソコソと囁く戸波に、俺は「それはないだろ」と小さく頭を振って答えた。


「断言はできないけど、たぶんここ集落とかでもない感じだし。そんな場所にわざわざ販売車が来るかな? 時間とか売り上げの効率考えたら、ないと思う。まぁ、あの人が毎回万単位で買い物してる上客なら、ひょっとする可能性はあるけど」


「でもよ、ここスマホ電波届いてないぜ? この部屋も……固定電話見当たらねぇし。そっちにあんのかな?」


 自分のスマホを(いじ)りつつ、部屋の中を再度確かめるように見渡す渋沢は、どうにも納得がいかないように首を傾げる。


「台所とかにあるのかもしれないだろ。さすがに、電話も無しで生活できるわけないだろうし。じゃなきゃ、定期的に知り合いとか親戚が買い物に迎えに来るとかか。よくわからないけど、不便な暮らしをしてるのは間違いなさそうだな」


「うん。あたしなら絶対に住めない。二日で飽きるし、一回買い物出たらそのまま帰りたくなくなりそう」


「それわかるわ。冬場なら余計にな。大雪とか降ったらどうしてんだろうな?」


「やっぱり、買いだめとかじゃない? 大雪じゃ、車があったって身動きとれないよ」


 女の生活について、二人があれこれと議論し始めそうになった矢先、台所へ続く戸が静かに開いた。


「お待たせいたしました。どうぞ」


 お盆にお茶の入ったコップを四つ載せて戻ってきた女は、俺たちの前にコップを置いていく。


 そうして、自分の分のコップを置きながら自分も座り込むと、改めて俺たちへ挨拶を口にしてきた。


「ご挨拶が遅れてしまいました。私、羽切(はぎり)葛杷(くずは)と申します。先程も言いましたように、主人が亡くなってからは、ずっとここで一人暮らしをしておりまして。たまにいらっしゃるお客様をもてなすのが、唯一の楽しみなんですよ」


「はぁ……。羽切さん、ですか。この辺り、他に民家とかはないんですか?」


 目の前に置かれた氷が入ったお茶と羽切を交互に見つめながら、とりあえず俺はそんな問いを口にする。


「民家、ですか? そうですね……一番近い所でここから徒歩一時間はかかります。それでもお隣さんって呼ぶんですから、何だかおかしな感じでしょう?」


 うふふと笑う羽切を見つめながら、俺たち三人は一瞬だけ言葉を失ったようにポカンとなった。


「一時間? 隣の家に行くだけで? お店は?」


「ありません。もっと遠いです」


 信じられないと言いたげに口を開く戸波へ、羽切が当たり前のことを語るようにサラリと返答する。


 隣家へ行くだけで、一時間。当然、天候が悪ければ更に時間がかかるだろう。


 心筋梗塞(しんきんこうそく)や脳卒中など、万が一にも一刻を争うような状態に陥ってしまったら、助かる余地など限りなくゼロではないだろうか。


「……不安とかないんですか? 病気や怪我をしてしまったらどうしようとか」


 訊ねて良いことかどうか判断しかねて、それでも気になり俺は遠慮がちに訊いてみる。


「ない、わけではなかったですね。一人で暮らしを始めた最初の頃は、毎日途方に暮れそうになりながらどうにか生活をしていました」


 話しながら、羽切は自分のコップへ口をつけ唇をしめらせる。


「でも、さすがにもう慣れてしまいましたね。慣れた、と言うか諦めたと言うべきか。なるようにしかならないと、そういう結論に至ってしまうと言うか、そんな感じです」


「そこまで思うなら、引っ越ししようとか考えないんすか?」


 羽切につられるようにして、渋沢もコップへ口をつけそう疑問を口にした。


「考えたこともありましたけれど、お金もかかりますし。それに、私一人でどこへ行けば良いのかもわからなくて、まごついているうちに時間だけが過ぎてしまいました」


「ああ……」


 何がああ、なのかはわからなかったが、渋沢は曖昧な態度で頷くとばつが悪そうにそのまま黙り込んでしまった。


 要は金銭的な事情など、ここに留まることを決めた背景には色々な問題があったということなのだろう。


 空気を読まない渋沢のせいで微妙な間が生まれてしまい、俺は何か盛り上がれそうな話題はないかと必死に頭を働かせる。


 しかし、俺が話題を見つけるよりも先に、羽切が「ところで……」と悪戯(いたずら)でも思いついた子供のような笑みを薄っすらと浮かべながら、俺たち三人へ順番に視線を()わせてきた。


「先程も少しお話になりましたが、皆さんは怪談のようなものに抵抗はないのでしょうか?」


 どこか嬉しそうなニュアンスで告げてくる羽切の声からは、こちらの返答にあからさまな期待をしているのがありありと伝わってくる。


「そうですね。そんな嫌いとかってわけではないですけど。すれば普通に盛り上がるみたいな、そんな感じです」


 代表するように俺が答えると、他の二人も躊躇(ためら)いがちに小さく頷いた。


「まぁ! それなら、どうでしょう? 少し私の怪談話にお付き合いくださいませんか? もちろん、皆さんもお話してくださるなら嬉しいですけれど」


 こちらの言葉を受けてパッと表情に花を咲かせた羽切は、そそくさと居住まいを正すと改めて俺たちを一瞥する。


「ちょっとした怪談会みたいなものです。私、小さい頃から恐い話というのが好きでして。お客さんが来るとよくお付き合いいただいてるんですよ」


「はぁ……そうなんですか」


 もはや恐い話ができると決定したように嬉しそうな表情で語る羽切へ、俺も嫌ですと告げる選択肢を奪われた心地にされてしまい、つい流されるようにして頷いてしまった。


「良いんじゃない? 外の暗いとこでやるわけじゃないし、どうせやることもないんだしさ。あたしも、実はいくつか恐い話知ってるんだよね。ほとんど周りから聞いたりネットで読んだネタだけど。あ、大して恐くなくても良いなら少しだけ実話もあるよ」


 こうして落ち着ける場所にありつけたことで余裕ができたのだろう戸波も、俺たち三人の中では一番乗り気な態度で怪談会へ賛同する。


「マジかよ。茜に霊体験あるなんて聞いてねーぞ」


「いやホントつまんない話だから。言うほどでもないなって思って。せっかくだし、一番手で話そうか? 前座には丁度いいレベルだろうし」


 渋沢の意外そうな声にまんざらでもなさそうに返して、戸波は判断を窺うように羽切を見た。


「良いですね! 是非皆さんもお話があるならお聞かせください」


「そうですか? じゃあせっかくだし話そうかな。そのかわり、本当に大した話じゃないから、適当に聞いてくださいね? 地味なオープニングアクトってことで」


 コクコクと頷きながら期待の眼差しを向けてくる羽切へ、少し照れたようにはにかみながら、戸波はお茶で唇を湿らせると、たどたどしい声で実体験とやらの怪談を語りだした。


「これはあたしが小学生の時に体験した話で――」

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