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怪談遊戯  作者: 雪鳴月彦
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第三十二話:転落

 こいつは、大学の友人から聞いた話で、そいつも知り合いと飲みに行った時に、一緒だったメンバーの一人から聞かされたって言ってたっけかな。


 まぁ、要は又聞きだからあんまり信用しないで聞いててくれ。





 大学の友人たちが四人で、夜の海へ出かけた時に起きた話だ。


 季節は、初冬って言ってたかな。たぶん、十一月の半ばくらいのことだと思う。


 その出かけた場所ってのが、日中なら海が一望できる崖の上で、何か二時間ドラマのサスペンスなんかで犯人が警察に追いつめられるシーンで使われそうな、そんな所らしい。


 でな、そこ……自殺の名所みたいな感じに地元の人たちから囁かれてる場所でさ、夜に行くと崖から身を投げた女の幽霊が出るって噂されてるんだと。


 その噂を知ってそいつら、面白そうだから行くかってことになったそうなんだけど、着いたのが夜の十時半くらいで、滅茶苦茶真っ暗だったらしい。


 スマホのライトじゃ足元くらいしか見えないし、周囲には外灯もなけりゃ灯台もない。


 何だよ、これじゃ何も見えねぇよな。女の霊出てきても、わかんねぇんじゃねぇのか?


 そんな愚痴をふざけてこぼし合いながら自殺者が飛び降りるというスポットまで到着した四人は、ここまで来てただ帰るのもつまらな過ぎると、崖の端ぎりっぎりまで近づいて、その真下を覗き込んでみたんだと。


 つっても、夜で真っ暗な場所だろ?


 ライトがなきゃ足元すら見えねぇのに、何十メートルあるのかわからねぇ崖下なんて余計見えるわけがねぇんだよな。


 だからその時も、ただ真っ暗な闇が伸びるように広がってて、その奥から海水がぶつかる水飛沫(みずしぶき)の音だけが、不気味に這い上がってくるだけだったって言ってて。


 そうして四人で並びながら、つま先ぎりぎりまで崖に近づいて真下の様子を窺ってると、その時だけは軽口叩き合ってたことすら忘れたみてぇに全員黙り込んじまって、すげぇ静かになってたらしいんだ。


 そのまま三十秒も真っ暗い崖下を眺めて、そろそろ戻るかってこの話を聞かせてくれた奴が言おうとしたら、突然一番左端に立ってた友人が「うわぁぁぁ!?」って、でかい声を上げながら崖から転落した。


 当然、他の三人はビックリして大丈夫かとか、返事しろとか声をかけたりしたらしいんだけど、下の様子は見えねぇしどうなっちまったのかがわからない。


 ただ、波の音に紛れて友人の呻く声が微かに聞こえてきてるのだけはわかったから、すぐに救急車を手配したって話だ。




 で、結局その転落した奴は助かったらしいんだけど、落下してる最中に慌てながら伸ばした腕が偶然崖の突起してる部分を一瞬掴んで、それで落ちたときの衝撃が僅かに緩和されたのが生死を分けた要因になったみてぇなんだよ。


 ただ、さすがに無傷で済んだわけがなくて、そいつ岩場に足から激突したらしくてさ、左足首の骨折と右足は(すね)の骨が真ん中辺りで折れて、かなりの重症を負って入院する羽目になって。


 それから数日後、そいつが落ち着いたのを見計らって、友人たち三人でお見舞いへ行ったらしい。


 そんで、その時に始めて訊いたって言うんだ。


 お前、どうしてあの時落っこちたんだ? って。


 そしたら、そいつは数秒間迷うように下向いて、こう説明したって言うんだ。


 あのな、あの時崖下見てたらさ、突然後ろから“早く来いよ”って若い男の声が聞こえて、思いっきり背中押されたんだよ。それで、あんな場所だしバランス崩して落下したんだけど……あれは絶対に女の声なんかじゃなかった。あれ、男の声だったよ。本当にすぐ後ろにピッタリくっ付いてるくらいの距離から、声かけられたんだ。


 当たり前だけど、そいつが転落した時周りには友人三人以外誰も人なんていなかったし、その三人も横に一列に並んでたから、落ちた奴の背後になんて誰も移動してない。


 それどころか、そいつが聞いたっていう男の声すら、気がついた奴は一人もいなかったらしい。




 誰も死なずに済んだのは不幸中の幸いだったし、そいつらももう、変な噂のある場所にはなるべく行かないって、さすがに()りてるらしい。


 ……まぁ、そんな話だよ。

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