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怪談遊戯  作者: 雪鳴月彦
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第三十一話:家鳴りの主

「簡単に言えば、猫が幽霊追っ払ったってだけの話だったわけだけど。これさ、羨ましくないか? 普通の猫ならこんなことしてくれねぇだろ、絶対。何もねぇ天井とか窓とかジッと見てるみたいな話はよく聞くけどよ、幽霊退治しろって言われて、本当に飛び掛かってやっつけるとか、当たり猫すぎるよな?」


 当たり猫という言い方はどうかと思うが、確かにそんな猫が本当にいたのなら、正に魔除けの猫とは言えるだろう。


 飼っていた主人への恩を返そうとしての行為か、自分の縄張りを守ろうとしたのか、いずれにせよいてくれれば頼もしいとは思う。


「恐らく、その猫は他の猫よりも知性と霊力が優れていたのかもしれませんね」


 自らの話を語り終え、未だに得意気な面持ちを浮かべている渋沢に涼しい視線を向けながら、羽切が感想を口にする。


「動物というのは、人間よりも霊的な力が強いと言われたりもしますし、個体差によっては人語をある程度理解できたり、不思議な力で説明のつかない現象を引き起こせる猫や犬がいても、何らおかしくはありません」


 喋りながら、羽切はスーッと眼球を真横へ移動させ俺たちを順番に見ていく。


「それこそ、さっき話題にも上がりましたが、葬儀の際に猫をご遺体に近づけてはならないといった風習も、そういう特殊な事情があることを知った人たちが言い広めたりしたのかもしれませんね。わかりませんけど」


 ふふっと小さく笑い、羽切は「ところで……」と僅かに身を乗り出した。


「今渋沢さんのお話を聞いていて、思い出した怪談があるので聞いてくださいますか。幽霊が歩き回る音と言われて、あ、そう言えば以前に教えていただいた話があったなと、幽霊が鳴らすとされる音、所謂(いわゆる)ラップ音と呼ばれる現象に纏わるお話です」


「どんな話ですか?」


 期待するように戸波も僅かに身を乗り出し、羽切へと身体を近づける。


「あたしのお父さんの実家も、たまにラップ音鳴ったりしてたんですよ。お父さんは単なる家鳴りだろって、全然気にしてもいなかったですけど、子供ながらに恐かったんですよね、一人で留守番させられた時とか」


「ああ……それは気をつけないといけませんでしたね。ひょっとしたら、今からお話するような恐い真実が、お父さんの家にも隠されていたかもしれませんよ」


 そう告げてにこりと唇の端を上げ、羽切は


「それでは、話しますね」


 と言いながら、目の前に置かれた自分のコップへ視線を固定した。


「四年前の春、この近くへハイキングに来ていた女性から聞いたお話です。その女性は二十代後半くらいで、京都でアパレル関係の仕事をしていると言っていたように記憶しているのですが、実家は富山にあるそうで。その実家で、小学生の頃にすごく恐い体験をしたそうなのです」


 前置きを語り、一度大きく息を吸うように羽切の肩が動いた。


「その女性が住んでいた実家は、少し古い二階建ての一軒家で、お父さんが中古で購入した家でした。一人っ子だったその女性は、両親が共働きであったため、小学生の頃から一人きりで留守番をすることが日常だったといいます。学校から帰ると、夕方の六時半、遅いときでは七時くらいまで一人家の中で過ごしていたそうなのですが、その家は、よく家鳴りがしていたそうなのです」


 語る羽切の声に呼応するようなタイミングで、すぐ側の壁がピシッと乾いた音を飛ばした。


 俺たち三人がビクリとしながらそちらへ意識を向ける間も、羽切は特に気にする様子もなく語りを続けていく。


「慣れているため、普段は気になることもあまりなかったそうなのですが、天気の悪い日だったり恐い本やテレビ番組を観た翌日などは、やはり薄気味悪く感じて心細くなり、両親の帰宅を待ちわびたりしていたらしいです。ある日、夏休みを間近に控えた平日と言っていましたか。いつも通りに学校から帰ってきた女性は、一階の茶の間で一人宿題をしていたそうです。外は快晴で、気温も高い。なので窓は閉め切りクーラーを点けて過ごしていたと言うのですが、どういうわけかその日はいつも以上に家鳴りが酷い気がして、宿題に集中できない。数分おきに茶の間の天井や壁、奥にある台所や階段、更には二階にある部屋の方からも、コンッ、バシッ、ドッ……と、大小様々な音が耳へと届いてくる。何だろう、今日は変な感じがするなぁ。家の中はまだ明るいのに、何か恐い。そう思い、きょろきょろと狭い室内を見渡しながら、それでも気を紛らわせるようにどうにか宿題に取り組もうとしていた女性でしたが、途中で必要な教科書かノートを二階の部屋へ忘れてきてしまったことに気がつきました」


 んん……と、喉の調子を整えるように一旦言葉を止めて、羽切はウーロン茶をコクリと一口飲み込んだ。


「それで、仕方がないですから、一度部屋へ行かなくちゃと思い茶の間から出て階段へと向かったらしいのですが、その階段を上ろうとした瞬間、二階からまたバシッと壁を叩くような音が響いてきて、つい足を止めてしまった。そして、やだなぁ、上には行きたくないなぁ……と、怖気づいてしまいながら、チラリと階段の先へ視線を向けて――女性はそこにいたモノを見てしまい、頭の中が真っ白になってしまったそうです。二階へと真っ直ぐに伸びる階段の最上段。そこに位置する壁の中から、薄汚れたピンクの服を着た女の上半身が突き出ていた。その女は薄っすらとした笑みを顔に浮かべ、女性のことを見下ろしていました。しかし、それはほんの一秒程度の出来事で、女はすぅ……っと壁の中へと消えていくと、そのまま姿をみせることはなくなったそうです」


 聞かされている話の内容をリアルに想像してしまってか、戸波が神妙な表情で僅かに身体を揺らす。


「壁の女を見た瞬間は、頭が状況を理解できずにいたそうですが、その姿が消えると同時に恐いという感情が湧き上がってきたそうで、その女性は悲鳴を上げながら外へ逃げだし、そのまま友人の家へ避難したそうです」


 そこまで話して、やっと羽切は視線だけを上向かせ、何故かその瞳を俺へ向けてきた。


「後から思い返して気づいたそうなのですが、壁から出てきていた女は、暗かったそうです。性格とか印象がというものではなく、その見た目そのものが。まるでその女だけが日陰にでも立っているように、薄暗く見えたと。そう不思議なことを言っていましたね。それと、あの家の中で頻繁に聞こえていた家鳴りも、実は全部あの女の仕業だったんじゃないかと」


 その女性の実家は今も存在し、ご両親が暮らしているそうで、帰省する度に相変わらず家鳴りが聞こえているそうですよ。


 最後はそう締めくくり、羽切はお終いという風に小さく首肯するような仕草をみせた。

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