――幕間――
「――私は、きっとそうかもしれませんとその旦那さんへお答えいたしました。自死を覚悟してしまう程の恨みを抱いた人が、何もなく成仏するなんてあり得るとは思えませんし、ひょっとすれば、今なおどこか近くであの夫婦を見ているのかもしれません」
いくつかの話を語り、一息つくように肩の力を抜いた羽切がそっと自らの首を擦る。
そして、静かに話へ耳を傾けていた俺たちの反応を窺うように、チラッと目線を上げてから、そっとウーロン茶へ口をつけた。
ピシリと、台所の方から家鳴りが聞こえ、戸波がわかりやすい反応を示してそちらを見やる。
こんな話を続けてるから、何か得体の知れないモノでも寄ってきてるのかもな。
そんな脅し文句を口にしてからかってやろうかと思いかけたが、自分自身もこの場に留まっている状況に不安を感じていることを自覚し、寸でのところで喉の奥へ言葉を引き戻した。
「それとも、既にまた何かの怪異に悩まされているのかも。もう一度再会する機会があれば、詳しくお話を伺いたいものです」
最後にそう言葉を添えて、羽切が話を締める。
「……なんつーか、最後の二つの話は結構不気味だったな。他のも自分が体験すんのは勘弁って感じだけど、ツーリングの話、写真に写っただけで死ぬとか、恐すぎだろ。赤い靄って何だったんだろうな?」
硬い笑みを作り、無理矢理話題を出そうとするみたいな雰囲気で、渋沢が言った。
「フミくんも実際に行って確かめてきたら? 自撮りしてさ」
「ふざけんなよ、場所すら知りたくねぇよ。てか、万が一そんなことして心霊写真撮れたら、お前に画像送ってやるからな。こいつの所に行ってくださいってメッセージ添えてよ」
ふざけたことを言う戸波に、苦渋の表情を浮かべ渋沢が反論すると、その様子を見ている羽切が微かに笑う。
「見なきゃセーフだよ。絶対見ないで削除するし」
「無駄だろ、本物のヤバい画像ってのは、何回削除しても復活するんだよ。端末に呪いが入り込むんだ」
「幽霊、現代の技術に対応しすぎでしょ」
淀みかけていた空気を入れ替えるような二人のふざけた会話が、部屋の中に広がり壁へと染み込み消えていく。
「あー……、でもよ。猫の話聞いてて、オレも一つ変な話思い出したから披露するわ。何だろうな、これは恐い話とかって言うより、頼もしい話になるのかもしんねーけど。ま、一応怪談にはなると思うし」
暫しのじゃれ合いを楽しんだ後、渋沢が漬物を一つ口へと放り込みながら新たな話題へと俺たちの意識を誘導してきた。
「頼もしい話?」
意味がよくわからず問いかける俺に、渋沢は
「ああ、昔近所に住んでたおっさんから聞いた話でな、その時は猫すげーとか思いながら真面目に聞き入ってたの思い出したんだ」
と答えて頷いてきた。
頼もしい猫とは、果たして何だろうか。
猫は魔物。葬式の際は死者を蘇らせてしまうから、絶対に猫を近づけてはいけない。
そんな風習だか言い伝えだかが存在するという話は、以前に父親から聞かされたことはある。
それに似た話をするのか?
疑問を浮かべて見つめる俺に、
「まぁ取りあえず聞いてくれよ」
とだけ言って、渋沢は得意そうな顔でニヤリと笑った。




