第二話:最期は一緒に
「――そう言えば」
離れて見失わないようにと、足早で女の側まで辿り着きそのまま一分ほど無言で足を動かしていると、不意に女が何かを思いだしたような声を漏らし、首だけで俺たちを振り返った。
「先程、何やら怪談話をされてらしたようですが、皆さんはそういったものに興味がおありなのですか?」
「え? いや、興味があるというか……まぁ人並みには、くらいですかね。こいつが何か、知り合いから聞かされた話があるって、勝手に話しだしただけでしたし」
苦笑するように答えつつ、俺はすぐ後ろをついてきている渋沢を親指で示す。
「ああ、そうでしたか。こんな所で長く暮らしていると、たまにですが皆さんのように道に迷って偶然家を訪ねて来られる方もおりまして。そういう方々から、恐い話を聞かせてもらうことが何故かよくあるんですよ。山へ登られる方というのは、そういったジャンルのものがお好きな方が多いのかと気になっていたんです」
「あー……確かに、山でこんな体験したとか、そういうのよく聞きますもんね。でも、わかんないですよ? 面白がって作り話をしてるだけかもしれないし、ただの噂を実話みたいに広めてたりする人もいますから」
女同士ということもあって、若干気が緩み始めているのか、戸波が警戒心の薄れた口調でそんな言葉を挟んできた。
「それはあるかもしれませんね。ですが……私個人としては本当にあった話なのかと信じるように心がけて、毎回お話を拝聴しています。何と言うのか、信じて聞いた方が面白いですし。それに私個人も実際に数回ほど不思議な体験を過去にしていますから」
女は戸波の言葉にクスリと笑いながら顔を戻すと、足を止めぬままに話を続ける。
「え? ひょっとして、幽霊とか見たことあるんですか?」
意味深な言葉を吐き出す女へ、俺が好奇心を持った風に訊ねてみると、女は「ええ、あるんですよ」と小さく頷き、チラリと木々の生い茂る頭上を見上げるような仕草をした。
「そうですね……せっかくですから、私が聞いたお話を一つ語りましょうか」
ザワリと、生ぬるく湿気った風が俺たちを撫でるようにして吹き抜ける。
「これは今年の春先に、三十代くらいの女性から聞いた話なのですが――」
ヒグラシの鳴き声とガサガサと下草を踏み分ける音をBGMに、女が静かに語りだした。
これは八年前、わたしが二十五のときに体験した話なんですけどね。
わたし、二十歳になってすぐ高校時代から付き合ってた彼と結婚したんですよ。
それで、二十二のときに最初の子を出産したんですけれど、その子が三歳になったとき、交通事故に巻き込まれてしまいまして。
ちゃんと見ていなかったわたしが悪かったんですけど、すぐに救急車で病院へ運んでもらってそのまますぐにICUへ入って緊急の治療が始まって。
そのまま三日が過ぎても意識は戻らず、本当にもうギリギリの状態が続いていたんです。
それで、四日目の早朝、さすがに連日病院へ泊まり込むこともできなかったので、その日は家に帰って仮眠を取っていたのですが、不意に何かが手に当たっているような感触がして目を覚ましたんです。
旦那は隣の布団で寝ているし、別に身体に触るような物なんてあるわけがないはずなのに何だろうと思いながらそれを掴んで布団の中から出したら、それ、息子が気に入っていつも持ち歩いてたマスコットキャラのぬいぐるみだったんです。
そのぬいぐるみ、普段はリビングの棚にしまっていましたから、わたしの布団にあるはずがないんですよ。
なのに、どうしてここにあるのかなって、旦那が入れたとは考えられないし首を傾げていたら、突然携帯が鳴って……。
病院から、息子さんの容態が急変して、たった今亡くなりましたって知らせが入ったんです。
慌てて旦那を起こして病院へ行って、ただ眠ってるみたいに目を閉じている息子を見た瞬間、朝のぬいぐるみが頭に浮かんだんです。
あれはひょっとして、息子がやったんじゃないか。
一人で寂しくて、それで帰って来てたのかなって。
そうとしか思えなくて、家になんて帰らないで側にいてあげれば良かったってそのときになって思って……。
一人にしてごめんねって何度も謝りながら息子の手を握ったら、まだ少しだけ暖かかったんです。
それが、布団の中で手に触れていたぬいぐるみの温度と言うか温かさと妙にそっくりで、ああ……やっぱりあのとき、息子が一緒に寝てたのかもって。
その瞬間、不思議とそんな風に思ったんです。