第二十五話:好きな人
わたしが小学生の頃、夢の中で好きな人と出会うことができるお呪いが流行りました。
その言葉通り、ある手順を踏むことによって、寝ている時に恋人や片思いの相手と会うことができる。そんな内容のお呪いです。
まだ小学生とは言え、高学年ではありましたから、全員ではないにせよ、やはり密かに好きな男子がいる女子は少なくありませんでした。
なので、女子たちの間では結構話題になったお呪いなんです。
女子だけで集まって、あたしやってみるとか、試してみたけど何の夢も見れなかったとか、騒ぎあったりすることもよくありました。
中には、いたんですよね。真実なのか、場を盛上げるための嘘だったのかはわかりませんが、本当に好きな人と夢で会えたと言って自慢する女子も。
夢の中でデートしたとか、手を繋いでくれたとか、キスしちゃったなんて言って、周りから黄色い声をあげられてる子もいました。
だからこそ、一時的とは言え話題になっていたのでしょう。
そんなある日、一人の女子があたしもそれやってみるって名乗り出たんです。
その子は当時、恋人はもちろんまだ好きな人すらいないという子でした。
なので、想い人がいない自分がそのお呪いを試したら、どんな夢を見ることになるのか、好奇心が湧いたから試してみたい。
と、そういう動機での立候補でした。
それはそれで面白そうだから、やってみて結果を教えてよ。
と、周りの子たちも乗り気になり、実際にお呪いをすることになりました。
このお呪いというのがどういう内容かを簡単に説明しますと、寝巻を裏返しに着て妙幢菩薩の名を何度も唱え、夢の中で好きな○○くんと会わせてくださいと祈りながら就寝するだけ、というそれほど複雑ではないお呪いです。
因みに妙幢菩薩とは、夢で悟りを開いた仏とされており、想い人との縁を夢で繋いでくれると信仰されています。
その子は、お呪いを実行するにあたり決められた手順をきちんと守り就寝したそうなのですが、翌日学校へ来ると妙に冴えない表情をしながら自分の席へとつきました。
当然、結果が知りたい女子たちはその子の周りへと群がります。
昨日はどうだった? ちゃんと試したの? 誰が出てきたの?
皆、ワクワクした様子で矢継ぎ早に質問をぶつけるのですが、その子はまるで具合が悪そうな沈んだテンションのまま静かに首を振ると、
……わかんない。何か、気持ち悪いのが夢に出てきて、ずっと追いかけられてた。
そう、自分の机を見つめたままポツリと呟きました。
気持ち悪いのって、何? どういうこと?
当然、そんな説明だけで理解も納得もできるわけがない女子たちは、詳しい説明を求めます。
するとその子は、こう話を続けました。
真っ白いの。全身真っ白で、服も着てない。男か女かもわかんない。そんなのが、急にあたしの部屋に入ってきて、それであたし恐くて必死に家の中を逃げたり隠れたりするんだけど、すぐに捕まりそうになって。それでまた逃げてっていう、その繰り返し。その真っ白いの、顔がね、口も鼻も目も耳も何にも無くて、ドロッとしてるの。顔だけが、搗きたての柔らかい餅みたいに、何か……ドロッと弛んでるような、そんな顔してた。のっぺらぼうみたいな感じの。
そう答えて、愛想笑いすら浮かべないまま黙り込んでしまいました。
その日は火曜日だったのですが、その子はちょうど一週間、日曜日の夜が明けるまでずっと白い何かに追いかけられる夢を見続けたらしく、木曜日……くらいからでしたか、学校を休んでしまっていた記憶があります。
その後は特に何事もなく過ごしていたようですが、それ以降その子がお呪いの話題に混ざることは、一度もありませんでしたね。
どうしてその子がおかしな悪夢に襲われたのか。
お呪いのやり方を間違えたのか、適当な気持ちで臨んでしまったのか、はたまた、好きな人がいないというお呪いを行う資格がないにも実行したことで、罰が当たったのか。
私にもその答えはわかりませんが。
ただ、子どもの間で流行る程度のお呪いでも、充分に悪いモノを呼び寄せることがある。
あれは、そういうことだったのかなと思います。




