――幕間――
「まぁ、こんな感じの話です。実体験が無さすぎるから、どれも知人とか匿名のネットとかの書き込みを寄せ集めただけですけど。そういうのでも良いのなら、まだまだ面白そうな話はありますよ」
慣れてきたのか、最初の方と比べてスムーズに怪談を語るようになってきた戸波は、まだ若干恥ずかしそうにはにかみながら羽切の反応を窺う。
「実体験ではなくても、全然良いじゃなりませんか。そもそも怪談とは曖昧なもの。霊という存在を端から否定するタイプの人にとっては、どのような話を語り聞かせたところで否定や単なる余興としか受け取りません。逆に霊を信じる人にとっても、その語りの一話一話が全て真実かどうかは見極めきれない。真の怪異なのかもしれない、怪異に似た物理的な偶然かもしれない、面白おかしく作られた創作かもしれない。色々な受け止め方がある、それも怪談の一面だと思いますし」
言いながら、羽切が口へ運んだキュウリの漬物がポリッと子気味良い音を室内に奏でる。
「しかしまぁ本当に、まさか茜がここまで怪談好きだったのは意外だよなぁ」
どこか感心するような口調で、そう言葉を漏らしたのは渋沢だった。
「人並みだよ。子供の頃なら、誰でも大抵一時期はハマるもんでしょ? 都市伝説とかコックリさんとか。放課後教室でやってるクラスもあったし。後はお呪いとかね。これこれこういうことを一定の条件を満たして実行すると、好きな男子と両想いになれるとか。あたしは一回も成功したことないけど」
「あー、それわかるわ。女子って好きそうだもんな、そういうの。あと何だっけ? 午前零時になるのと同時に合わせ鏡の前に立つと、将来の結婚相手が写るとか、自分の死んだときの顔が見えるとか、そんな内容のもあったよな?」
「そうそうそう。あたしそういう系は恐くて一度も試さなかったけどね。夜中なんて眠いし」
「眠いで済ますのかよ」
笑い合いながら話す二人から何となく視線を逸らすと、不意に俺と羽切の目が合った。
「……?」
特におかしなことはない穏やかな顔。
一瞬、その顔がどこか不自然に見えて、俺は僅かに眉根を寄せた。
何が、とは具体的に言い難いが、違和感があるように見えたのだ。
穏やかに微笑む表情の奥に、別の何かを潜ませているような、そんな顔に。
「どうか、なさいましたか?」
怪訝な様子に見えたのか、微かに首を傾け羽切が声をかけてくる。
「あ、いえ。何でもないです。ただ、羽切さんも子どもの頃はお呪いみたいなことに夢中になったりしてたのかなって、気になったのでつい……」
適当な言い訳を吐き出し、ごまかし笑いを浮かべる俺を暫く眺めてから、羽切はスゥッ……と目を細め笑みを強くした。
「もちろん、ありますよ。恋のお呪いもしましたし、興味本位で人を呪う子供騙しな儀式もやりました。もっとも、そんなもので何かが起きることもありませんでしたけれど。ただ、一度だけ……今思い返してみても、あれはどうしてああなっちゃったんだろうと、不思議に思う出来事があります。私ではなく、他の子の身に振りかかった惨事でしたけれど」
その羽切の言葉を聞いて、戸波と渋沢の会話がピタリと止んだ。
同時に、好奇心に満ちた眼差しを羽切へと向ける。
「忘れかけていましたが、せっかく思い出したのですしこれも話してしまいましょうか。興味本位のお呪いをして、不幸に見舞われた同級生のお話です」
俺たちの反応を見て、話すべきと判断したのだろう。
羽切は過去を思い出そうとしてか、数秒間だけ思案するように目を伏せると、やがて――。
「あれは確か、私が小学四年生の冬のことでした」
ゆっくりとした口調で、そう話を切り出した。




