第二十二話:叩く腕
次の話は、確か……何かの本で読んだんだったかな。中学生の頃に読んだ本に書いてあった話だと思う。
大学を卒業したばかりの女性Aさんは、春から働くことが決まっていた職場に近いアパートへと引っ越した。
そこは、二階建てで築年数は十五年程度の、特に可もなく不可もなくといった普通のアパートであったという。
慣れない引っ越し作業や各種手続きをどうにか一通り済ませ、やっと落ち着いて生活ができるようになったのは、引っ越してから一週間が過ぎた頃だった。
大変なことも多いと感じながらも、新しい生活のスタートに胸を弾ませていたAさんが、おかしな現象に襲われ始めたのは引っ越しから三週間が経過した頃からだったという。
夜、布団に入って寝ていると、突然ドン……ドン……と壁を叩く音が聞こえてくるようになった。
(何だろうなぁ……。隣の部屋の人、何かしてるのかな。こんな夜中に勘弁してくれないかなぁ)
時刻はもう日付が変わっている時間帯。
既に仕事も始まっているため、学生時代のように夜更かしなどもできない。
Aさんはうんざりしながらも、こういう場所で暮らしていく以上は我慢しなくちゃいけないのかなと割り切り、毎晩布団を被るようにして寝ながら耐えていたという。
しかし、その壁を叩く音は毎晩聞こえ続け、一度鳴りだすと三十分近くは止まらないらしく、二週間程は我慢していたAさんも、さすがに限界がきてしまった。
今晩も壁が叩かれるようなら、こっちからも叩き返してやろう。それで駄目ならもう大家さんに言うしかない。
そう覚悟を決めて、Aさんはその日も同じ時間に就寝についた。
そうして、日付が変わり深夜の一時を回った頃。
またいつも通りに、ドン……ドン……と部屋の壁を叩く音が響き始めた。
(――きた!)
即座にAさんは布団から身を起こし、音のする方向へ顔を向けた。
当然ながら室内は暗く、カーテンも閉めていたため薄っすらとした明かりすらない中で、Aさんは静かに立ち上がると枕元に置いていた携帯電話の明かりを頼りに叩かれている壁へと近づこうと前方を照らしたのだが。
その瞬間、弱々しい携帯電話の明かりに映し出された壁を見たAさんは、短い悲鳴を上げながら驚きで身を竦ませることになった。
ドン……ドン……と音の鳴る壁。
その壁を照らしたAさんの目に映ったのは、一本の腕だった。
女性のもののように見える細く華奢な腕が、キノコのように天井近くの壁から生え、携帯電話の明かりの中で、ドンッと壁を叩くところを見てしまったのだった。
その腕は、Aさんが悲鳴をあげると同時に逃げるように壁の中へと吸い込まれて消えると、それ以降二度と現れることはなかったという。
事故物件という話も聞いていない部屋で、どうしてあんなモノが現れていたのか。
未だにその謎は解けていない。




