第二十話:ガソリンスタンド
四つ目は、以前皆さんのようにここへ迷い込んだ、二十代後半の男性が体験したと言って教えてくれた話です。
確か、後藤さんとおっしゃったと記憶しているのですが、後藤さんは高校を卒業後ずっと神奈川で仕事をしており、もう五年程東北にある実家へ帰っていなかったそうです。
ずっと仕事が忙しく、お盆も年末年始も仕事に追われる日々が続き、ようやくその年の年末は帰省できるくらいの余裕ができた。
それで、久しぶりに両親の顔が見れるし色々話もできると、大晦日の二日前くらいに車で帰省をしたのです。
そうして、自分の生まれ育った町へ到着し、懐かしいなぁなんて思いながら家へと向かい走っていると、ガソリンがもうほとんど無くなっていることに気がつきました。
あ、そう言えば、ばたばたしててガソリン入れてなかったな。
家まではどうにか持つだろうけれど、どの道帰る時には入れないといけなくなる。
どうせだからと思い、後藤さんはどこか適当な場所でガソリンを入れようとスタンドを探しながら家へ向かったそうです。
しかし、後藤さんの実家は山間部にあるらしく、田舎であるせいか夜の九時を過ぎるとほとんどのスタンドが閉店してしまうのだそうです。
チラリと時刻を確認すれば、既に時刻は夜の九時半。
夜勤明けから仮眠を取っての帰省であったため、遅い時間帯の到着となってしまっていた。
なので、見つけるスタンドはことごとく入口にロープが張られ、営業が終わったことを知らせている。
仕方ない。もう諦めて、最悪の場合は家からロードサービスに連絡を入れるか、じゃなきゃ親父の車を借りてスタンドへ行って、ガソリンを買えるか交渉してみればどうにかなるだろう。
地元で、実家ももうすぐ近くということもあり、後藤さんはあまり深刻になることもせず、ひとまず給油は諦めて家へ帰ることにしたそうなのですが、家に到着する少し手前に小さなガソリンスタンドの明かりが見え、あ、そう言えばここにもスタンドがあったんだっけな、と当時の記憶を思い返しながらスタンドへ入りました。
オーナーであろう年老いた男性が中から出てきて、対応をしてくれる。
ああそうだ。いつもここ通るとこの人が仕事してる姿見かけてたな。
近所ではあるものの、後藤さん自身は付き合いがないまま地元を出たので、その人の名前や住んでる場所までは把握していない。
学生時代は車の運転とは無縁で、ガソリンスタンドに全くと言って良いくらい縁がなかったため、今回初めてそこを利用したのだそうですが、その男性、思った以上に愛想が悪く、話しかけてもろくに反応を返すこともせず、ただ言われた作業だけを黙々とこなすだけで、後藤さんもこんな人だったのかと若干面食らったと言います。
給油が終わりお金を支払うと、見送りもされぬまま後藤さんはスタンドを後にしました。
そうして、ようやく家に帰り着き、久しぶりに再会した両親と積もる話をしながらお酒を飲み始めた後藤さんは、ついさっき自分が立ち寄ったスタンドのことを話題にだしました。
そう言えばさ、さっきすぐそこのガソリンスタンドに寄ってきたんだけど、あそこのオーナーやってるお爺さん、すごい愛想悪いんだな。昔は感じの良い人に見えてたから、少し驚いたよ。
特にそれ以上の意味はなく、後藤さんが軽い口調でそう言うと、話を聞いていた両親は不思議そうにお互いの顔を見合いながら小さく首を傾げました。
お前、どこのガソリンスタンドのことを言ってるんだ?
不審そうな表情で後藤さんを見つめ、父親がそう問うてくる。
どこって、すぐそこだよ。家から五分くらいの所に、昔からあるじゃん。小さいスタンド。そこ、年配の男の人経営してるでしょ。そこのこと。
スタンドのある方向を指差しながら後藤さんが告げると、父親はそんな馬鹿なことがあるか、と即座に否定の言葉を口にした。
お前な、からかってるのか? あそこのスタンド、今はもうやっていないだろ。二年前にオーナーさんが亡くなって、それをきっかけに廃業してるよ。今はもうガランとなって何にも残ってないぞ。
言われた言葉に後藤さんは一瞬ポカンとなりながらも、逆に父親がからかっているんだと思い、すぐに笑ってその言葉を受け流した。
そんなわけはない。実際、自分はそこでガソリンを入れて帰ってきたのだ。その証拠に、レシートだって持っている。
そう思いつき、後藤さんは両親へ先程貰ったばかりの領収書を見せようと財布を取り出したが、どういうわけか受け取ったはずのレシートが見当たらない。
あれ、おかしいな。
釈然としないながらも、車にでも置きっぱなしにしてしまったかと自分を納得させ、その夜はそれ以上この話を広げることはしなかった。
そして翌日。朝食を済ませた後藤さんは、レシートが落ちていないかとすぐに車内を調べたが見つからない。
それでどうしても昨夜のスタンドの話が気にかかり、もう一度訪れてみようと車を走らせた。
学生時代は何度も通った道。迷うこともなくすぐそのスタンドへ到着し、後藤さんは呆然となった。
スタンドは、確かにあった。しかし、昨夜父親に言われた通り、そこは既に廃業し、建物だけが名残りとして佇んでいるだけ。
給油する機械も、スタッフが待機する部屋の中も、全てががらんとなり誰が見ても営業などしていないのは一目瞭然の状態だった。
見上げれば、昨夜は灯っていたはずの電球は一つもなく、古汚い蜘蛛の巣があちらこちらにかかっている。
昨日目にしたはずの看板も、撤去されてしまったのか影も形もなくなっていた。
どうなってんだよ、こりゃ。
状況が理解できないまま後藤さんは車を降り、昨夜自分が給油をしてもらった場所まで近づいていくと、そこには自分が支払ったはずの代金がまるで取り残されたように砂埃の溜まった地面へ置かれているのを見つけた。
それを見つけて一気に薄気味悪くなった後藤さんは、慌てて車へ戻り家へと逃げ帰った。
結局、あの夜のことは今でも説明がつかないまま。
だけど、間違いなく車はガソリンが満タンの状態で給油はされていたため、絶対に夢などではなかったはずなのだと、後藤さんは言う。




