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怪談遊戯  作者: 雪鳴月彦
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第十七話:お婆ちゃんのかんざし

 これは、去年の今頃に知り合った四十代の女性から聞かせていただいたお話で、その女性……そうですね、浅木(あさぎ)さんということにでもしておきましょうか。


 その浅木さんが実際に体験したという不思議なお話です。




 浅木さんのお婆ちゃんは、交通事故で亡くなったそうです。


 浅木さんが中学二年生の春に、横断歩道のない道路を渡ろうとして、そのまま直進してきていた乗用車と激突。即死だったと言います。


 享年八十七歳。かなり高齢でいらっしゃったようで、出歩く際には杖が手放せなかったとか。


 そんなお婆ちゃんが亡くなって、葬儀も一段落し、遺品の整理が始まりました。


 お婆ちゃんの使っていた座敷にはそれほど私物が多いわけでもなく、あまり手間もかからずに遺品整理は進んでいたのですが、箪笥の中から藤の花の飾りがついたかんざしが見つかり、母親が浅木さんへそれを「これ、お婆ちゃんの形見に持ってるといいんじゃない?」と手渡してきた。


 お婆ちゃんが若い頃に使っていた物なのか、かなり古いというのは見た目でわかるものの、手入れが綺麗にされてしまわれていたようで、汚れているとか欠損しているというようなことはない、非常に状態の良いかんざしだったそうです。


 かさばるものでもないし、せっかくだから貰っておこう。そう思って浅木さんはそのかんざしを受け取り、自分の部屋の机へ大切にしまっておくことにしました。


 しかし、それから一週間程が過ぎて、何気なくしまっておいたかんざしを確認すると、失くなっていることに気づきます。


 保管する場所を変えた記憶はないし、しまった場所も間違えてはいない。


 これはひょっとして、お父さんかお母さんが勝手に部屋へ入って私物を弄ったのではないか。


 そう疑った浅木さんはすぐに両親へかんざしが失くなっていることを告げ、真偽を問いました。


 しかし両親は共に浅木さんの部屋には入っていないと首を振り、かんざしも触ってはいないと返してくる。


 そんなわけはない。ならどうして勝手にかんざしが失くなっているのか。


 釈然としないままかんざしの行方を捜していると、どういうわけか、かんざしは整理し終えたはずのお婆ちゃんの箪笥の中から出てきたそうです。


 そこは最初にかんざしがしまわれていたのと同じ場所で、がらんどうになった引き出しの中に、かんざしだけがポツンと残されているように置かれていたと言います。


 これはいったい、どういうこと? 不思議に思った浅木さんでしたが、ひょっとしたら同じデザインのかんざしが最初から二つあって、そのうちの一つがここに残されていたのかもしれない。


 たまたま偶然、両親も見逃していただけかも。


 でなければ、やはり両親のどちらかが自分をからかってこんなことをしたのか。


 そんなことを考えて、浅木さんはまたそのかんざしを取ると自分の部屋へと持っていきました。


 今度は失くさないよう、きちんと管理しておこう。


 そう自らを戒め、かんざしをしまい込んだ浅木さんは、それから毎日朝と夜の二回、かんざしがちゃんと所定の場所にあるのかを確認し続けていました。


 もしまた失くなったら、今度こそ両親の仕業だと確信できる。


 お婆ちゃんの形見を使ってこんな悪戯を仕掛けるなんて疑いたくはないけれど、泥棒が入り込んだわけでもない以上、現実的にそうとしか疑えない。


 そう思いながら一週間程が過ぎて、浅木さんは夕食の直前にかんざしがちゃんとあるのかを確かめ茶の間へと向かった。


 そして、夕食を終えて再び自室へと戻り、何とはなしにかんざしをしまっている引き出しを開けると、どういうことなのかさっきまで間違いなくあったはずのかんざしが消えている。


 夕食前に確認してから部屋へ戻るまでの間、両親が浅木さんの部屋へ出入りをしていないことは、浅木さん本人が把握している。


 どういうこと? と困惑しながら部屋を出て、もしかしたらという直感的な思いと共にお婆ちゃんの部屋へ向かい箪笥を開けると……そこに、さっきまで自室にしまっていたかんざしが入っていた。


 まさか、かんざしを自分が持ち出したことをお婆ちゃんが良く思っていないのでは?


 恐くなった浅木さんは、すぐに両親の元へ行き今体験した出来事を全て説明をした。


 すると、最後まで神妙な顔で話を聞いていた父親が、重い口調でこう言葉をかけてきた。


「……いや、お婆ちゃんは生きてる頃ずっとお前のことを可愛がってくれていたんだ。そんな可愛い孫が自分のかんざしを形見に貰ってくれたことに、怒ったり迷惑がったりするとは思えない。ひょっとすると、迷惑がっているのはお婆ちゃんじゃなくて、そのかんざしの方かもしれないな」


「かんざしが?」


 父親の言葉を受けて、浅木さんは手にしていたかんざしをまじまじと見つめてみるも、それはどこからどう見ても普通のかんざしでしかない。


「きっと、そのかんざしは持ち主であるお婆ちゃんを待ってるのかもしれない。大切にしまっていたみたいだし、若い頃は愛用していた可能性もある。何て言うのか、特別な念みたいなものが宿っているのかもしれないな。……お婆ちゃんの形見は何か他に別の物を貰うようにして、そのかんざしはお婆ちゃんの側に置いてあげてみたらどうだ」


 そう提案され、反対する理由も思いつかなかった浅木さんは、素直にかんざしをお婆ちゃんの遺骨が置かれた祭壇へと持っていった。



 その後、浅木さんが所持するとすぐに失くなっていたかんざしは、祭壇の上から消えることはしなかった。


 納骨後は仏壇へ移動させ、今もお婆ちゃんの写真の横へ並べるように置かれているという。



 父親が言った通り、あのかんざしは持ち主であるお婆ちゃんを慕い、また自分を使ってもらえる日を待ち続けているのかもしれない。


 浅木さんは、今も実家へ帰省し仏壇に置かれたかんざしを見る度に、そんな風に思うそうです。

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