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怪談遊戯  作者: 雪鳴月彦
22/66

第十二話:同級生

 叔母が中学二年の時に体験した話。




 その日、叔母は一人で家の留守番をしていた。


 季節は春で、外には桜が満開に咲いていた時期だった。


 茶の間でジュースを飲みながらぼんやりとテレビを観ていると、突然「すみませーん」と玄関から男の声が聞こえてきた。


 誰だろう、お客さんかな。


 叔母が玄関へ向かうと、そこには見たことのない四十代くらいの男が立っていて、叔母が出てきたのを見ると愛想の良い笑顔でペコリと頭を下げてきた。


「どうも、突然お邪魔してすみません。お母さんはご在宅ですか?」


 そう訊いてくる男に、叔母は「今買い物に出かけているので、いません。すぐ帰ってくるとは思いますからお待ちになりますか?」と、返答をしたのだが、男はそれに少しだけ残念そうな顔をしながら首を横へと振った。


「ああいえ、いらっしゃらないならそれでも良いんです。ただ、一つだけお願いがありまして。お母さんが帰ってきたら、これを渡しておいてもらえませんか? ツグミが来たとお伝えしていただければわかると思いますので」


「はぁ、ツグミさんですね。わかりました」


 そう言って叔母は、差し出してきた小さな紙袋を受け取ると、「それでは失礼致します」と頭を下げて出ていく男を見送った。



 それからニ十分程が過ぎ、母親が買い物から帰ってきた。


「あ、お母さん。これ、さっきお客さんが来てお母さんに渡してくれって」


 叔母はすぐに預かっていた紙袋を渡すと、母親は「え? 誰が来たの?」と訝し気な表情でそれを受け取った。


「ツグミって言ってた。そう言えばわかるって」


「ツグミ……? ひょっとして、ツグミくん?」


 心当たりがあったのか、母親は一人ブツブツと呟きながら紙袋を開けると、突然「まぁ! 懐かしい!」と大きな声をあげた。


 何だろうかと思い、叔母が母親の取り出した物を見てみると、それは小さなウサギの人形だった。


 かなり古い物なのか、黒くくすんだような汚れが目立つ。


「それ何?」


 叔母が訊ねると、母親は愛おしそうにその人形の顔を撫でながら


「これ、お母さんが子供の頃大切にしてた人形なのよ。てっきり失くしたと思って忘れてたのに、ツグミくんが持っていたのね。でも、どうして今頃届けにきたのかしら」


 母親の話によると、訊ねてきたツグミというのは小学生時代の同級生で、家が比較的近かったこともありよくお互いの家へ遊びに行っていた間柄だという。


 そして、恐らくツグミの家へ遊びに行った際、忘れたままになっていたこの人形を掃除か何かのタイミングで見つけわざわざ届けに来てくれたんだろう。


 と、そう説明してくれた。


「でもさ、お母さんの実家、長崎県じゃん。いくら何でも、長野まで人形だけ届けに直接来るかな? それに、あの人どうしてここの住所知ってるの?」


 話を聞いて一通りのことは把握したが、いまいち理解できない部分があり、叔母は率直にそれを口にだす。


「言われてみればそうね。どうしてかしら? まぁ、誰かからお母さんのこと聞いてて、それで何かの用事があってたまたま近くまで来たからついでに寄ったとか、そういうことかもしれないし、明日の夜にでもお礼の電話してみるわ」


 そう言って、この時は一旦ツグミに関する話は保留となった。


 そして次の日の夜、ツグミの実家へお礼の電話を入れた母親は真っ青な顔をしながら電話を切った。


 あまりにも普通ではない様子の母親を心配し、何を言われたのかを問うた叔母に、母親は交わしたばかりの電話の内容を叔母へと説明した。


「今ね、ツグミくんの奥さんとお話をしたんだけど、ツグミさん、もう半年も前に事故で亡くなってるって。うちに人形を届けになんて行けるわけないし、何かの間違いじゃないかって言うのよ。でも、この人形を母さんに届けてくれる人でツグミなんて名前は一人しかいないし……どうなってるのかしら?」


 これを聞いて、叔母は何も言える言葉をなくしただ黙って母親と視線を交わすことしかできなかった。


 亡くなった同級生が、生前気にしていた旧友の忘れ物を、肉体を失くした身となってまで届けに来てくれたのか。



 訪問してきたツグミの容姿も声も、叔母はこの時の出来事は未だに忘れられずはっきりと覚えているのだという。

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