第十一話:コリコリ
叔母が小学生の時、クラスメイトの女の子が体験したという話。
その子の家は農家で、かなり大きな平屋に住んでいた。
そのため、まだ小学三年生だった女の子は夜中トイレに目を覚ますのがすごく憂鬱だったという。
夜中にトイレへ行くとなれば、電球のない長い廊下を移動しなくてはならない。
そんな恐い思いをするくらいなら、朝まで我慢した方がましだと、夜明けまで耐えることもあった。
しかし、どうしても我慢できない時というのもあるもので、そういう時は覚悟を決め(何も出てきませんように)と心の中で祈りながら、足早に用を済ませに行っていた。
そんなある日、一緒に暮らしていたお婆ちゃんが亡くなり、家で葬式が行われた。
親戚たちが大勢集まって通夜が開かれ、そして火葬されたお婆ちゃんは骨となって仏間へと置かれることとなった。
葬式が終わり初七日も過ぎた頃、女の子はふと夜中に尿意で目を覚ました。
時刻は丑三つ時。当然部屋の中は真っ暗で、家族も全員寝静まっている。
どうしよう、恐いな……と思いながら暫くの間布団の中でもじもじしていたが、どうにも朝まで我慢ができそうにない。
これはもう、仕方ない。勇気を出して、トイレに行こう。そしてすぐに戻って早く寝ちゃおう。
ニ十分近く耐えながら悩んだ末、女の子は意を決して布団から出ると、トイレへ向かい恐る恐る廊下へと向かった。
嫌なことに、トイレは廊下の一番奥。
何も出ませんように何も出ませんようにと心の中で必死に祈りながら、ずーっと暗い廊下を進んでいく。
木造の古い家のため、歩くと場所によってはギシ……ミシ……と床が鳴り、それが不気味さを無駄に底上げしてくる。
葬式が終わったばかりで、家の中もどことなく線香の臭いが染みついているのか、それもまた恐怖心を煽ってきていた。
そうして、薄目になりながら速足で廊下を歩いていると、不意にどこか近くからコリ、コリ……コリっという、おかしな音が聞こえてきて、女の子はえ……? っと思いながら、薄目にした目で廊下の先を見やった。
だが暗い廊下には誰もおらず、窓から薄っすらと外の月明かりが差し込み、所々にぼんやりとした頼りない陰影を作り上げているだけ。
(今のはいったい何の音?)
気にはなりながらも、足を止めて確かめる気にはなれず、女の子は偶然家鳴りが聞こえただけに違いないと自分に言い聞かせ、そのままトイレへ向かい歩き続けた。
しかし、そこから数歩ほど歩いた時にまた、コリ、コリ……コリ……っと謎の音が耳へ届いた。
(え……?)
その瞬間、女の子は反射的に足を止めてしまった。
と言うのも、その音が聞こえてきた場所、それが今まさに自分が通り過ぎようとしていた、すぐ横にいある部屋の中から響いてきたことに気づいたせいだった。
そこは座敷で、亡くなったばかりの祖母が生前、仏間兼私室として使っていた部屋。
七畳ほどの広さで、今はそこに骨壺に入った祖母が置かれている。
嘘だ。という気持ちが、女の子の胸の中へ膨張するように膨らんだ。
障子戸が閉められた向こう側は、明りのない暗闇に包まれている。当然ながら、そんな場所に真夜中のこの時間、家族が入り込んでいるはずがない。
目の前にある障子へ目を固定したまま、困惑する女の子の耳に、またコリ……コリ、コキッと、得体の知れない音が滑り込んできた。
やっぱり、この中からだ。
ただでさえ速くなっていた心臓の鼓動が、更にドクドクと早鐘を打ちだす。
こうなると、女の子も恐いという気持ちと音の正体を確かめたいという気持ちの両方が膨らみ始め、どうしてもその場から逃げるということができなくなった。
そっと障子戸を開けて、その隙間から様子を見てみるだけなら大丈夫だろう。
そう都合よく考えながら、そぅ……っと引手に指をかけ、音を立てぬよう静かに障子を横へ開けると、その隙間から中の様子を窺った。
開けた障子の隙間から、つん……と線香の強い香りが漏れ出てくる。
その臭いを嗅ぎながら部屋の中へ目を凝らした女の子は、刹那――驚きで目を見開くこととなった。
部屋の正面に、骨壺を収納した白い箱が置かれ、その箱を置いておくための小さな祭壇も組まれている。
その祭壇の一番上、遺影と遺骨の入った白い箱の置かれた最上段に、小さな何かが載っているのがわかった。
それは、もぞもぞと動き、遺骨を納めた箱を弄っているように見える。
(何、あれ……)
よぉく目を凝らしてその動くモノの正体を確かめようと、障子の隙間へ目をピッタリくっ付けるようにして覗いていた女の子は、それが何なのかに気づいた瞬間、咄嗟に声を上げそうになり、慌てて喉へ力を入れてどうにか堪えた。
祖母の部屋には、ガラスケースに入れられた一体の日本人形が飾られていたのだが、その人形が祭壇の上に登り、骨箱を開け中を弄っている。
いったい自分は何を見ているのか。
その不可思議な光景から目を離せなくなって見続けていると、不意に人形の動きがピタリと止まり、それからゆっくりとした動きで部屋の入口、女の子が立つ障子の方へ振り返ってきた。
それと同時に、先程聞こえてきたコリコリという音が何だったのか、その答えも明確になった。
人形の小さな手に、白いチョークのような物が握られている。
そして、その白い塊をぎこちない動作で口へと運ぶと、パクリと口へ咥えコリ……コリ、パキッ……と、無表情な顔で咀嚼し始めた。
人形が、お婆ちゃんの骨を食べている。
そう気づいた瞬間には、女の子は絶叫するように悲鳴をあげその場へ蹲ってしまった。
その後、すぐに悲鳴を聞いた両親と兄妹が駆けつけ、女の子は見たばかりの出来事を説明したものの、両親が座敷を確認したときには骨箱も例の日本人形が入れられたガラスケースも特に異常は見当たらず、結局女の子が寝ぼけて夢でも見て歩いていたんだろうと、誰にも信じてもらえないまま不本意な結論をだされてしまったという。
だが、女の子は絶対に寝ぼけてなどはいなかったし、間違いなく骨を食べる人形を見たと後日叔母たちへ語った。
そしてもう一つ、後になってからおかしなことがあったと気がついた。
祖母の座敷は、窓がない部屋だった。
電気は一切点いていないし、蝋燭や線香だって消えていたのに、どうして自分はあの時あれほどはっきりと部屋の様子を見ることができたのだろう。
どう考えても、中は真っ暗で何があるかなんて把握できるはずがなかったはずなのに。




