第八話:死亡事故多発踏切
詳しい場所を書いてしまうと身ばれしてしまう恐れがあるので、そこはぼかしておきますが、私の住む町には頻繁に人身事故が発生する踏切があります。
その踏切は幅が非常に狭く、普通の車が一台、ギリギリで通行できる程度の広さしかない場所です。
そのせいか、そこには遮断機が付いておらず、電車が来るときもそのまま線路内へ立ち入ることができてしまう状態になっています。
とは言うものの、あのカンカンカンカン……という警報音は普通に鳴りますし、電車が通過することを報せる赤いランプも作動はしていますので、普通であればそう簡単に事故が起きるような場所でもないはずなのですが。
何故か一、二ヶ月に一件。多い時では二件ほど、その踏切で人身事故が起きるのです。
大抵は歩行者や自転車、たまにバイク。
車との接触事故は、ゼロに近いくらいありません。
警察などが調べても、自殺なのか事故なのか判別は難しく、ただ電車を運転していた車掌が言うには、歩行者、自転車、バイク、いずれの場合もぼんやりと線路内に立って前を向いたまま、警笛を鳴らしても何も反応をしなかった。と、毎回そう証言しているらしいです。
そうして急ブレーキをかけるも間に合わず、事故が発生する度に死者が増えるという、曰く付きの場所として地元では有名になっているのです。
しかし、今から三ヶ月前、この踏切事故に巻き込まれながら死を免れた人が現れました。
その人は、私の友人の両親で、夜に車で踏切を渡ろうとしたところ電車と衝突してしまい事故を起こしたということでした。
この事故で、車を運転していた父親は亡くなりましたが、助手席にいた母親だけが奇跡的に一命を取りとめたのです。
この母親の回復を待って、当然警察や親族は当時何があったのかを問いかけたそうです。
しかし、母親は「よくわからない」と釈然としない返答を繰り返したと言います。
父親と二人、家に帰るため例の踏切を通り過ぎようとしただけなのに、踏切に入った瞬間、強い衝撃と痛みに襲われ意識を失った。次に気づいた時には病院のベッドにいた。
電車を報せる警報器は鳴っていなかったし、ランプも付いていなかった。そもそも、電車が通過する時間ではないことを知っているからあの踏切を渡ったのに、どうしてこんなことになったのかがわからない、と。
母親は、問われる度にそう答えていたそうです。
ここで一つ、おかしなことがあると私は気がつきました。
この日、友人の両親は親戚の家へ行き、その帰りに踏切を通ったのだと友人本人から聞きました。
親戚の家を出てからこの踏切に差し掛かるまで、どこにも寄り道をしていない。そう母親が言っているということも聞きました。
友人から大まかな場所を聞いたので、その親戚の家がどこにあるのかも私は把握しています。
時間が、あからさまにおかしいんです。
親戚の家を出て、車で問題の踏切へ到着するまでの所要時間は、ゆっくり走ったとしてもせいぜい三十分程度。
でも、両親が電車と衝突をした時間は、親戚の家を出てから一時間五分後だったんです。
遠回りや寄り道をせず、最短で踏切を通り抜けようとしたその車が、どうして三十分も時間に誤差が生まれたのか。
友人や警察は、事故のせいで母親の記憶が曖昧になってしまっているのではないかと、そう疑っていましたが、私はそれは違うんじゃないかと思うんです。
だって、思いだしてください。
人を撥ねてしまった車掌さんは、踏切に立つ人は皆警笛や電車のライトにも無反応のままぼんやりと立ち尽くしていたと、そう証言しているんです。
それってもしかしたら、反応しなかったんじゃなくて、できなかったんじゃないのかなって、私は思うんです。
皆、ただ普通にその踏切を渡ろうとしただけなのに、踏切へ立ち入った瞬間、何か不思議な力でもって意識を奪われて、電車がその身体を弾き飛ばすその一瞬まで、ずっとそこに縫い留められていたのではないのか。
もしそうなら、友人の母親が踏切で記憶を無くしていたことにも納得ができますし、これまでに亡くなった人たち全員が同じような亡くなり方をし続けていることにも理由がつくのではないかと、そう思うんです。
もちろん、こんなのは霊感があるわけでもない私の勝手な推測です。他の人たちが言うように、単なる偶然だったりショックで記憶が抜け落ちているだけということも充分にあり得るでしょう。
……でも、もし本当にあの踏切には近づく人を死に誘う何かが潜んでいるのだとしたら。
鉄道会社や市などが何かしらの対策を講じない限り、これからもあの場所では犠牲者が増え続けてしまうことになるでしょう。
実際、私がこれを書いている二日前にもまた一人……電車に跳ね飛ばされて、亡くなった人がいるのですから。




