石井龍生の出会い
石井龍生視点
俺の名前を呼ばれる前に付く言葉は『不良』
『不良の龍生』だ。
別に目つきが悪いわけじゃないし、漫画では親に虐待されて不良の道に行くなんてよくある話だが、俺は親にだって愛されていると思う。ただ、ガタイが良いのとプライドが高い。ただそれだけで不良の道に進むには十分だった。
小学生の頃から身長の高かった俺は、高学年に目をつけられる存在だった。
中学の時もただ普通に過ごしていただけなのに、ガタイが良いだけで先輩に目をつけられた。
理不尽な殴りや蹴り。その毎日を続けていると、いつしか俺は捻くれていった。
ーーなんで俺が痛い思いをしないといけないんだ
いつものように殴られ蹴られ、プライドの高い俺はこの状況に我慢の限界だった。
だから殴ってみることにした。
あんなに強そうに見えた先輩達が、俺の一発でバタバタと倒れていく。とても痛そうだった。
ーーなんだ、弱えーじゃん
もっと早く殴れば良かった。倒れている先輩達を冷めた目で見つめた。
それからは不良という曲がった道を迷路のように彷徨い続けた。喧嘩を売られれば買い、俺の高校生活は喧嘩だらけの退屈な日々だった。
高校三年になる前の春休みからずっと、俺は遊び呆けて学校を休んでいた。
「ーー今から行く」
仲間に呼ばれた俺は、洗面所の前で帽子を被った。その時に見えた左手の赤い糸。俺は見るたびに不愉快で、目に入らないようポケットに隠した。
「運命なんて馬鹿じゃねーの」
玄関から出る瞬間、俺は独り言を吐き捨てるように呟き帽子のツバを下に下げマンションを出た。
俺を見れば逃げていく女。絡まれた所を助けてもお礼も言わず逃げる奴。そんな存在の俺に、運命の相手が居るわけがない。居るとしたら清楚とは正反対のギャルやその道の女だけだなと思っていた。
そして、いつもの道を通り向かっていると、少し先の電柱で見たことある派手な男二人が見えた。
誰かと喋っているのが分かりよく見ると、黒髪をポニーテールにし毛先を緩く巻いた女が怯えていた。
ーー女に絡んでんのかよ。めんどくせーな
知り合いの男二人に絡まれている女を助けようか迷いながら近づいていく。別にアイツらはただ女と遊びたいだけで悪いようにはしないと分かっていたからだ。
そして俺は、助けない方向で歩みを進めると、カバンをぎゅっと握っている手に自然と目がいった。
ーーマジかよ。
左手の小指に赤い糸が見えた俺は、ポケットに入れている手に力が入る。
赤い糸の効果は凄い。見えてしまえば、運命の相手を知ってしまえば、もう動かずにはいられなかった。
「ーーはい。どーーーん」
「ーーぐえっっ」
軽く蹴ったつもりだが、赤髪の男は想像以上に飛んでいき、うずくまった。
すると、金髪のメッシュ男は俺を睨みつけ生意気な口調で突っかかる。
「ーー誰だてめぇ!! ーーりゅ、龍生さん!?」
帽子の下から目を合わせると、俺に気づいた二人は怖気づき颯爽と逃げて行った。
まだ震えている女を見て俺は察した。
『俺って運命の相手にも逃げられるのか』ポケットから左手を出し、女と繋がっている赤い糸を俯きながら確認した。
すると、久しく聞いていなかった言葉をか弱い声で言われた。
「助けてくれてありがとうございまーー」
驚いた俺は顔を上げ女の顔を見た。だが、その女は固まっていて顔を上げようとしない。目線の先を見ると、繋がっている赤い糸を凝視していた。
多分気づいたんだろう。何を言ってくるのか黙って待っていると、無言で歩き出してしまった。
「待て待て待て。お前見えていないのか?」
「……なんのことでしょうか」
知らないふりを決め込んだ女は、絶対に認めようとしない。そんなに俺が相手なのが嫌なのかと落ち込む。
「僕の彼女に何か用かな?」
近くで聞こえた声に振り向くと、同じクラスの『前堂純也』が胡散臭い笑顔で突っ立っていた。
確かこいつの口から『彼女』って聞こえたが勘違いだろうか。もう一度確認すると、こいつにも『赤い糸』が繋がってると言われた。
どういうことだ。運命の相手というのは一人だけじゃないのか。理解が追いつかず、バカな俺の小さな脳みそは混乱していた。
ーーーーー
対して解決策も出なかった話し合いの結果、純也と小夏が付き合い続けるという事が決まった。
不良とは付き合いたくないと言われれば、俺も強引に付き合うことは出来ない。
でも初めて俺はお礼を言われ、途中からは俺を怖がることもなく普通に接してくれた。興味をそそられる材料は十分で、純也を選ぶなら俺はただただ友達としてでも仲良くなれればなと思っていた。
♢
ーーー助かったのは事実なんでお礼をしただけです。
保健室で真っ直ぐな嘘のない目で言われた。
その瞬間、俺の中に独占欲が生まれた。
「そっか。ーーハハッ…真っ直ぐなやつだな」
せっかく出会えた運命の人。
俺はやっぱり手放したくないと思ってしまった。