今日はよく会う日
五月中旬の空は、澄んだ青空が広がっていて
とても暖かった。
昨日はどうなる事かと思ったが、なんとか穏便に済ませることが出来た。話し合いをして、とりあえず私は純也先輩と付き合い続けていくことに決めた。
学校に行くための最後の信号を渡っていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。
「ーーよっ! 小夏」
どこかで聞いた事がある声に振り向くと、そこには制服を着て眼鏡をかけた黒髪の男が、ズボンのポケットに左手を突っ込みニコニコしながら立っていた。
聞いた事がある声とは正反対の姿に、想像してた人物は頭の中から消え、眉をひそめた。
「誰ですか?」
「ーーはぁ? 俺だよ! 俺!」
ーー新手のオレオレ詐欺は今の時代、対面式になったのだろうか。
関わらないでおこうと歩き出すと、その男はしつこいキャッチのように着いてきた。
不信感を募らせていると、その男はポケットから手を出し、眼鏡を外そうと手をかけた。すると、隠れていた左手から赤い糸が見え、驚いて足が止まりその男を凝視した。
「ーー龍生さん!? だいぶイメチェンしましたね」
龍生さんだと分かった瞬間、さっきの態度とは打って変わる私に、龍生さんはホッとした表情になった。
「やっと分かったのかよ! 昨日言っただろ。不良辞めるって」
外していた眼鏡をもう一度掛け、ドヤ顔で眼鏡を短く上下に動かす。似合いすぎているイメチェンに、私も素直に褒めた。
「本当だったんですね。でも金髪よりは似合ってますよ」
嘘偽りのない笑顔で言うと、私に褒められた事が予想外だったのか前髪を触り照れくさそうに笑った。隣で歩き続け、数歩先には校門の所で龍生さんは呟いた。
「ーーなぁ、本当にあいつにするのか?」
悲しみの目を向けられ、不良の時とは程遠い姿に心が痛くなる。
その目を受け止められる自信がなかった私は目を泳がせていると、校門前にチラチラとこっちを見ている凛と美月の姿が見えた。何も答えられないことに耐えられなかった私は逃げ出した。
「ーーすみません! 友達がいるので先に行きますね!」
「お、おう。また後でな」
力のない言葉が後ろから聞こえ、また心がギュッと痛みだしネクタイを握りつぶした。
♢
結局、校門前で追いつく事が出来ず教室へと入ると、二人が私の席で雑談しているのを見つけた。
「凛、美月! おはよ〜!」
私の声を聞いた凛は、すぐさま私の元へ小走りでやってきて腕をとった。
「ちょちょちょっと……! あのイケメンは誰!?」
凛は、周りに聞こえないように小声で話すが、その声は慌てているのを感じた。
私の席で座って待っていた美月の所へ行き、やっと凛の質問に答えた。
「三年の石井龍生さんだよ。知ってる?」
ここで焦って誤魔化せば、嘘をついていることがバレてしまう。ここは正直に龍生さんのことを話した。
「見たことあるよ〜。前見た時は金髪で、ザ! 不良って感じだったけど」
美月は金髪時代を知っていたが、凛は知らなかったらしく、ただただイケメンと私が喋っていたことに驚いていた。
「でもなんでその不良と喋ってたの?」
興味津々の凛はまだ聞きたい事があるらしく質問が止まない。
「えっとーー昨日絡まれてたら助けてくれて」
考えるふりをし苦笑いで答える。嘘は言ってない。だが、その先を話すことは絶対にしなかった。
「そうなんだ! でもすっごいイケメン! 運命の相手が誰か気になるね!」
「私とは繋がってなかったから残念」
まだ運命の相手が現れない美月は、落ち込みながらも腰が重そうに席を立った。
私は何も答えず、黙って笑うだけで誤魔化した。
♢
体育の時間、凛と美月が居る十一人のチームを作ってゆる〜くサッカーをしているが、私達は三人で固まりボールが来たらすぐに味方に渡すという、なんともやる気のない試合をしていた。
「小夏見て! 純也先輩がサッカーしてるよ!」
「知ってるよ! ーーほら、パス来たよ!」
凛がニヤニヤして私の肩を強く叩いて知らせるが、私は恥ずかしくてありがた迷惑な凛に黙っててほしくなる。
「不良の石井先輩も同じクラスなんだね〜」
「そうらしいね。ーーあっ、ボールきた」
美月も悪気はないのだろうが、いちいち知らせてくるので軽くスルーし、私のところに来たボールを味方の方へと蹴った。
純也先輩達のクラスも、隣でコートを作りサッカーの授業をしていた。やっぱり男子だけのノリがあるのか隣のサッカーはとても盛り上がっていた。
私達の試合が終わり、別のチームの試合を休憩がてら観戦していると、純也先輩と龍生さんも試合が終わったのか別々で休憩している。
すると、知らない三年の男子二人がボールを持ってふざけながら私達の近くまで寄ってきた。
危ないと思った私は、ぶつからないよう違う場所へと移動しようとすると、目に衝撃が走り痛みを耐える。
「ーー小夏! 大丈夫!?」
凛と美月が、急いで私の元へと駆け寄って来てくれた。痛みのある目尻の方を確認すると、少し血が出ていた。
「ーーおい! お前ら何してんだよ!」
その様子を見ていた龍生さんは、鬼の形相で走りふざけていた男子達に大声で怒鳴った。
「ご、ごめん」
謝る二人をそれでも許すことができないのか、ボールを当てた一人の胸ぐらを勢いよく掴み、殴りかかる勢いで食ってかかった。
その男子は苦しくて声も出すことができず、口をパクパクさせた。
「ーーやめろ! 龍生!」
純也先輩は急いで止めにはいるが、龍生さんの怒りは収まらず噛み付くような目で二人を睨む。
二人は震えが止まらず血の気が引いていく。その状況を焦りながら見ていた私は、止めようと動きだした瞬間、純也先輩の冷ややかな声が聞こえた。
「ーー次、ふざけてたら許さないよ」
聞いたことのない怒りを含んだ声に、私は思わず立ち止まる。直接言われた男子二人は、相当な怖さだろう。
念のためにと美月に保健室を勧められ、先生に手当してもらうとゆっくりとドアが開いた。
「大丈夫か? あいつらがごめんな」
さっきとは違ういつも通りの優しい龍生さんに、内心ホッとして笑顔で答えた。
「ーーいえ。ただ、かすっただけですし」
「女なんだから、顔に跡ついたら大問題だぞ」
心配した面持ちで、自分の目尻を指差しながら隣に座った。眉を下げて、傷ができた私の目を痛々しそうに見つめてくる。
「大袈裟ですよ。というか、せっかく真面目にしてたのに不良が戻ってましたよ」
重い空気を変えようと、さっきの龍生さんを弄り思い出し笑いする。
「ーーあれは、仕方ねーだろ」
バツが悪そうにする龍生さんが面白くてクスクスと笑った。笑った後に出てきた涙を軽く拭き、まだ言ってなかった感謝を口にした。
「ーー本当は顔に当たった時とても痛くて、三年の人にイラついてたんですけど、ワザとじゃないって分かってたから我慢してたんです。ーーでも、代わりに怒ってくれてスッキリしました。ありがとうございます」
私が微笑むと、照れ臭そうに頭を掻いた。
「俺にお礼するのなんてお前ぐらいだぞ。昨日も助けた時お礼してたけど、普通は助けても逃げる奴ばっかだ」
そう話す龍生さんはどこか悲しげな顔をしていた。
「怖かったですけど、助かったのは事実なんでお礼をしただけです」
真っ直ぐ見つめ伝えると、龍生さんは顔を赤らめ隠すように手で顔を覆った。
「そっか。ーーハハッ…….真っ直ぐなやつだな」
何故か笑っている龍生さんを見て胸が少しだけ高鳴った。