私の中の答え
小夏視点
純也先輩とは別れた。これで良いんだと、別れて良かったんだと家までの帰り道グルグルと考えながら歩いていた。
「ただいま〜」
玄関を開け、靴を脱ぎ捨てながら入ると母がリビングの扉から顔を出した。
「おかえり、小夏! 買い物にしては遅いわね〜」
「ーーあ! 忘れてた!!」
二階へと行こうと階段に向かっていた足をピタッと止まらせる。手ぶらで帰ってきた私を見て、母は呆れたような顔をした。
「も〜何やってるのよ〜! ーーまあいいわ、お父さんに頼んでおくわ〜」
すっかり忘れていた。車に当たりそうになったという衝撃で、お使いという記憶を吹き飛ばしてしまったようだ。
「ーーところで夕飯なーに?」
思ったより怒られなかった事にホッと息を吐き話題を変えると、母はもう気にしていないのか機嫌よく答えてくれた。
「今日はビーフシチューよ〜!」
「やった!! ーーあ、電話が……」
家族全員が好きな母の手作りビーフシチューに心を踊らせると、突然ポケットの中から携帯がブルブルと震えた。 着信先を確認すると『龍生』さんからだった。
急いで部屋へと階段を上がり扉を閉めたと同時に電話に出た。
「もしもし、龍生さん?」
「おー。今、大丈夫か?」
こんな時間に電話が来るのは初めてだった。
「はい。どうしたんですか?」
「話したいことがある。近くの公園に来てくれるか?」
電話先から聞こえてくる声は、実際に聞く声より少し低くて、いつもより真剣な声だった。
「分かりました」
私は電話を切り待たせるわけにはいかないと、着替えずそのまま公園へと向かった。
♢
言われた公園に着くと、龍生さんは屋根付きのベンチに腰掛けていた。暗闇でも、一つの街路照明に照らされていた龍生さんは見つけやすかった。
そして、私の気配を感じた龍生さんは俯いていた顔を上げ、すぐに口を開いた。
「……純也と別れたって本当か?」
まだ、別れてたから数時間しか経っていない。あの場にいた人達以外誰にも言っていないその話を龍生さんが知っているとなると、それはもう一人しかいない。
「先輩から聞いたんですね……」
余裕で二人座れるベンチに、少し間を開け隣に座った。
「ああ、さっきな。本当だったんだな」
別に隠していたい訳でも無いし、いつか龍生さんには話さなきゃと思っていた。
ただ、自分で別れを告げたくせに心の整理がまだ出来ていなくて……。
「愛さんが言っていたんです。私が純也先輩と付き合い続ける事で自分は一生一人になると」
「愛? ーーあー、あの女か」
車に突き出した愛さんの行いをまだ許せていないのか、龍生さんは思い出したかのように顔に怒りを表せたが、その姿に私は苦笑いをしまた話を続けた。
「純也先輩と付き合い続けてしまうと、私はその言葉が頭から消えず苦しくなってしまうって思ったんです」
愛さんにとって私はただの邪魔者で、たった一人の運命の相手を奪った悪女。
私だって、一つの赤い糸しか見えていない人生だとして、たった一人の運命の相手を別の誰かに奪われてしまいそうになったら愛さんと同じように恨んでしまうだろう。
「だから、別れようって言ったのか」
龍生さんの言葉に私は無言で頷いた。
そして、お互い無言の状態が続いたが告白の件をふと思い出した。
「ーーあ、あの、告白の返事正直まだ考えてなくて」
考えさせてと言って待たせていたのに、全然答えが出せず、なんなら考えるのを一時中断していた。
その事が申し訳ないと顔に出ていたのか、龍生さんは気にするなとでも言うように軽く笑った。
「明日、俺とデートしてくれ。前の告白と今、状況は違うだろ? 明日返事を聞かせてくれればいい」
「はい、じゃあまた明日」
龍生さんは家まで送ると言ってくれたが、家は目の前にあるので遠慮した。
♢
そして今日は約束の日。デートはお昼からなのでご飯はいらないと伝える為、母の元へ降りて行くとと、母が何故かウキウキで家事をしていた。
「お母さん、機嫌いいね!」
掃除機をかけていた母に聞こえるように、ちょっと大きめの声を出すと、母は掃除機を止め振り向いた。
「あら、態度に出てた?」
「ノリノリで掃除機かけてたよ。ーーで、どうしたの?」
普段より一段とテンションが高めの母は、上機嫌に話してくれた。
「昨日お父さんがね、結婚記念日だからってネックレスプレゼントしてくれたの! ーーほら見て、綺麗でしょ?」
首元にはシルバーのネックレス。ダイヤの形をした宝石はキラキラと光りとても綺麗で、母にとても似合っていた。
「意外とやるじゃん! お父さん」
「お父さんと結婚して良かったわ〜!」
私から見ても仲睦まじいラブラブな夫婦。
母は昨日の事を思い出してるか、嬉しそうに頬を赤らめている。
そして、母の幸せそうな表情を毎日見ている私は、私の中の答えが出せるのではないかと思わず聞いてみた。
「……ねえ、お母さん。どうしてお父さんと結婚したの?」
「え〜? どうして?」
「あーまあ、なんとなく?」
いつもと違う私を感じ取ったのか、母は一瞬考え込み質問に答えてくれた。
「……赤い糸ってね、小夏が生まれた頃に突然出てきた事なのよ」
「え、そうなの!?」
昔からあるものだと思っていた私は、衝撃の事実に驚きを隠せなかった。
「そうよ。それまでは皆んな、赤い糸なんて気にせず自由に恋愛してた」
「自由に……」
想像出来ない。既に相手が決まっている私達は、他の相手を好きになることなんてなく、只々運命の相手と出会うのを待ち続けるしかないのだ。
「お母さんもそう。もしかしたら本当の運命の相手はお父さんじゃないかもしれない。それは私には分からないけど、ただ迷わず言える事はお父さんと出会えて結婚出来て良かったって思うの」
「そうなんだ……」
母の偽りの無い微笑みに胸がギュッと締め付けられた。
「そう思える人が居るなら、それこそ運命の相手だと言っていいのかもしれないわね」
その瞬間、母の言葉に私の胸がスッと納得したように落ち着いた。
赤い糸に拘る事はない。分かっていたじゃないか、目の前に赤い糸なんて関係なく幸せそうにしている人が居る事を……。
「……出掛けてくる!」
「ーーえ!? ここから本題なのに〜!」
父との出会いを話したそうに母はほっぺを膨らませてしまった。私から聞いてなんだが、ここに留まる事がもう出来なかった。
「後で聞くから〜!」
母を背にして勢いよく玄関を開けると、丁度チャイムを鳴らそうとしていた龍生さんがビックリした表情をしていた。
「急いでどうしたんだ?」
「……あ、龍生さん…私……」
約束の時間になっていた事を龍生さんの顔を見て気づいたが、今私の頭の中は他の事でいっぱいになっていた。
それに気づいた龍生さんは、細く息を吐いた。
「……行くのか? 純也の所に」
「ごめんなさい! 私、純也先輩の所に行きたい!」
もう自分の気持ちを誤魔化すのはやめて、龍生さんの目を真っ直ぐと見つめ強く願った。
すると、無言で背を向け歩き出したと思ったら黒の中型バイクが目に入った。
「……乗れ。連れて行く」
ヘルメットを頭に被り、あと一つのヘルメットをシートの中から出し私に差し出した。
「そんな…私一人でも」
どうにかしてタクシーを捕まえて空港まで行こうとしていた私は、そこまでお世話になるつもりはなかった。というか、出来るはずがない。
「空港に行くまでのドライブデートだ」
「でも、やっぱり一人でーーわあ!」
差し出されたヘルメットを押し返すと、龍生さんはそのヘルメットを私の頭に被せた。
「いいから乗れ。間に合わねーぞ」
「……なんでそこまでしてくれるんですか?」
先にバイクに乗った龍生さんに私は俯きながら尋ねた。
龍生さんに甘えるだけ甘えて、でもそれなのに気持ちには応える事が出来ないこんな私をずっと優しくしてくれた。
「本当は行かせたくねーよ。昼にデートの約束したのも行かせない為だった」
「じゃあ……」
「引き止められるわけないだろ? お前の目が、心の底からアイツに会いたいって真っ直ぐだったからな」
見た目に似合わない優しい人。見た目通りの男気のある人。そんな龍生さんは、悲しそうに微笑んだ自分自身を私に隠すようにバイクに乗り出した。
「会いたいです…… 純也先輩に会いたい」
思わず出た心からの叫びに龍生さんは振り向きニカッと笑った。
「ああ、俺が連れてってやる」
♢
「ま、間に合った!」
龍生さんのおかげで、なんとか間に合い空港に着いた。バイクから降りヘルメットを渡すと、龍生さんは受け取ったと同時に私の頭を優しく撫でた。
「最初で最後のドライブデート楽しかった。ありがとな」
「私こそ、ありがとうございます!」
バイクに乗って心地いい風に打たれたからか頭の中はスッキリし、お互い笑顔になっていた。
「ほら、行け!」
「は、はい! 行ってきます!」
龍生さんに見送られ急いで空港の中へと入っていく。まだ時間はあるはずと純也先輩らしき人をキョロキョロと見渡し探していくと、キャリーケースを引きずっている先輩が私の目に映った。
「ーーせんぱ……」
見つけられた嬉しさで笑顔が溢れながら先輩の名前を呼ぶが途中で止め、私の中から笑顔が消えた。
そこには、純也先輩の隣に愛さんが立っていたからだ。美男美女のお似合いで前とは違う良い雰囲気を醸し出していた。
私は急に恥ずかしくなった。思いのままに空港に来てしまったが、もう先輩からしたら私は元カノ。
会いに行ったらよりを戻せるなんて勝手に思っていた。でも、先輩からしたら愛さんと付き合って前に進もうとしているんだ。そう気づいたら、なんて恥ずかしい女だと顔が真っ赤になってしまった。
これ以上、二人を見ていたくないと背を向け帰ろうと決意した瞬間だった。
「小夏?」




