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誘いー4

「それで、あいつは何を言って来てるんですか」

「指輪を……渡せって」

「護法神を? まさか行くつもりですか?」

「行く」

 頑に頭を縦に振る主人を見て、ラドビアスは見せ付けるように大きなため息をつく。 だからだめだと言ったのにと結局主人に甘い自分を責める。

「行くのには反対しませんが、すぐに護法神を手元に戻してください。大変なことになりますから」

 何で護法神をと思いながらも、目的が護法神ならと少し安心したラドビアスは、危険だと思われたらすぐに逃げてくださいと主人に念を押す。

「うん」

 元来た道をラドビアスについて戻る道すがら、クロードは店先に装飾品を広げている男に声をかける。

「おじさん、ロンズの店ってどこ?」

「ロンズの店だと? 坊主、おまえあそこに行くのか?」

 禿げた頭を上げて男はクロードと後ろに続くラドビアスをじろりと見て「ああ」と一人頷く。

「おまえも親にでも売られる口か。まあ、アーリア人ならそりゃあいい値がつくだろうが」

 謎の言葉と共にあっちだと指を指す。

「道案内をしてもらえますか、ご主人」

 関わりあいたくないのを顔に出している店主にラドビアスが一枚の銀貨を見せる。

「あっしら、まっとうなもんはあの店には関わりたくないんだが。あんたもお困りのようだからなぁ」

 急に親切心の芽生えたらしい店主が店の奥へ声を張り上げる。

「ルッソ、出て来い。この人らをロンズの店まで案内しろっ」

「えええ? 嫌だよ。おいらあんなとこ行きたくない」

「いいから、行け」

 手を振り上げられて、頭を押さえながら十二歳くらいの浅黒い顔の男の子が跳び出してきた。 店主もそうだが、ここら辺はアーリア系とハオ族の混血に加えて、南方の黒人系が混じり、色の黒いボーミッシュと言われる新しい人種が多くなっている。

 店主はラドビアスのことを新参の仲買の者だとでも思ったのか、後姿にぺっと唾を吐いた。

「子供を売り買いするなんざ人間のするこっちゃない。あの子もわけも分からず連れてこられた口だろう。可哀相に」

 店主は手の中の銀貨をするりと撫でた。 まあ、金には罪は無い。 あれも仕方ないかと大人の分別で感傷を飲み込んだ。 いちいち目くじらをたてていたらここで商売は出来ない。

 ボーミッシュの特徴である浅黒く低くて大きい鼻を擦りあげながら、少年は顎をしゃくった。

「付いて来いよ」

 クロードは、ここが道なのかと思いながら人の店の中を通り、店との境の板塀の上を渡った。 どんどん前のように人気が無くなった地区に行き着くと、少年は後ろを振り向いた。

「あの角を曲がればロイズの店だ。おまえ、そのおっさんに売られるんだろ? まあ、おまえなら金持ち相手だ。そう酷い扱いもされないさ」

 大人びたことを言うと、じゃあとさっさと少年は踵を返した。

「なあ、あいつの言うことが本当ならロイズの店って人身売買?」

「そうでしょうね、たぶん。やはりわたしも行きますか?」

「いいや、ここで待ってろ」そう首を振ってクロードは店に向かった。 店と言うものの、何かを売っているとか、人を集める店構えなど何もない、ただの堅牢な一枚板の戸がついた一軒屋だった。 それが民家と違うと思わせるのは、窓にはめ込まれているのがごつい鉄柱だということだ。

 ――何のために? 中から何かが逃げないように。 例えばそれが売られた人間だとか、そういうことか。

 ごくりと唾を飲み込んで、戸にある呼び鈴を二回ほど鳴らす。 何の音もしないので、もう一度と手をけようとしたところに、いきなり戸がばたりと開いた。

「何だ、おまえ」

 邪険に閉めようとした手が、クロードの顔を見て止まる。 値踏みするような顔がにまりと歪んだ。

「なんか用か、坊主?」

 手を引くとあっさり少年の体が店側に入った。 純粋なアーリア人が手に入るなんてめったに無いことだ。 今日はついていると男は笑う。

 それもこんな美形だ。 歳が若いっていうのもいい。 あと二、三年たつほうがいいに決まっているが、少年ならこれくらいが良いという客も結構多い。

 とにかく、さっき連れてこられたハオ族の少女なんかより、こっちのほうが数倍の値がつくのは間違いなかった。

 色の白いほうが需要が多い。 中でもアーリア人は数も少なく、いればどこでもひっぱりだこなのだ。

「小父さん、おれくらいのハオ族の女の子知らない?」

「知ってるさ、この中にいる」

「じゃあ、体が砂色で髪が真っ白な男は?」

「ここにいるよ」

 応対をしていた腹の突き出た男の肩越しに手が差し出された。 長くて尖った綺麗な金色の爪が光る。

「メイファ、来たぞ。ランケイを返せ」

 クロードの言葉にメイファがふっと笑う。 釣り上がった金の目が細められて口元が半月に上がった。

「じゃあこっちに来て、クロード。バルク、彼は俺の客だよ。遠慮してくれ」

 メイファを魔獣だとは知らないのだろうか。 それほどメイファは巧みに人間に紛れているのかとクロードは驚く。

 それでも商品を値踏みするように眺める男にうんざりしながら、クロードは横をすり抜けてメイファの後を追って廊下を進んだ。 奥に奥に建物は続いているようだった。 その奥から外に突き抜けて、クロードはまずいと思い始めた。

「ここは、まあ待ち合わせの場所だよ、クロード。だって外に色んなものを連れて来ているだろう?」

 笑いながら、メイファがたんっと音をさせて短刀をクロードの足元に投げる。 そこには、縫いとめられた黒い影が蠢いていた。

「これは……」

「たぶん、ラドビアスが放った使い魔だろう。でもこれには魔を封じる呪文が彫ってあるんだ。そこからは抜けられないだろうよ」

 メイファの頭の回転の良さにクロードは驚いて言葉も無い。 こいつは本当に魔獣なんだろうかと唖然と彼を見やった。

「ここから馬車に乗るよ、クロード」

 黒い二頭立ての馬車が待たせてあるのが見えて、クロードは二の足を踏む。 ラドビアスに頼ってるわけでは決してないと思うものの、これではきっとラドビアスは自分を見失うだろう。

「クロード、早く。まさか怖いとかじゃないだろうね?」

 メイファがさも面白いと言った風に、先に乗った馬車の窓から顔を出した。


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