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悪魔と手を組む

「じゃあさ、その『書簡』ってやつを早く寄越せ」

 で、おまえはさっさと居なくなれと胸の内で続ける。目の前に来るとき姿を戻してりゃいいものを隼の姿のまま肩に止まったのは絶対わざとだとザックは思う。

 きっとこいつは俺を牽制しているつもりなんだろう。可笑しい話だ。クロードの従者だというのにほんのちょっぴり係わった自分に見せつけているつもりなのだ。

 クロードが魔導師側の人間だと。

 ――あいつ大丈夫なんかな。

 大きなお世話だとクロードは笑うだろうけどザックは何だか心配でならない。恨みつらみを口にするくせにクロード本人はなぜか嫌いになれない。嫌いどころか年の離れた弟みたいな、自分の手元に置いて心から笑えるようにしてやりたいとすら思う。

 こいつらと係わるとろくなことが無いと分かっている。クロードが醒めた笑みを浮かべるのを止めさせたいと思う。

 ――って、俺はどこぞの世話焼きおばちゃんか。

「あのさ、分かってねえようだがクロードは普通のガキだぜ」

 ザックの言葉に隼は大きく首を振った。

「主が普通だと? とんでもありませんよ。あなたにはそう見えるのですか?」

 馬鹿にしたような色が声に混じるのを感じてザックは肩に乗った隼の足を乱暴に掴むと目の前に持ってきた。

「俺は頭が良くないからな。上手いことなんて言えねえけど。クロードが小賢しいのは認めるが他のところまで大人だと思うなって言ってんだよ」

 くそっ、どう言えばいいのかとザックは天を仰ぐ。

「おまえらが崇め奉っているのはまだ十七の子供だ。そんな奴に重たいもん一切合財背負わせて自分らは後ろから付いていきますっておかしいだろ。あいつにはもっと共感したり、競い合って褒められたり、泣きついたりする相手がいるんじゃないのか? おまえはそれのどの部分を担っているんだ。言ってみろ」

 は……と息が漏れたが、返事は帰らない。まるでただの鳥に話しているのではないかとザックは心配になる。

「いだだだだっ」

 短い沈黙の後、鋭い嘴で突かれて緩んだ右手から隼はすいと抜け出して見る間に姿を変えた。

「これをどうぞ」

 上着の内ポケットから出したくるりと巻かれた紙をラドビアスは差し出す。楼蘭族の質問などに答える義理は無いと思っているのか、表情には一片の動揺も見えなかった。

「つくづく腹の立つ野郎だぜ、おまえって」

 ひったくるように巻物を取って中を改めようとしたザックの手を長い節だった手が抑えた。

「いけません。術を解放してしまいます」

「じゅ、術だあ?」

 あわわとザックは巻物の留め金をしっかりと留め直す。

「あの腐れガキめ、今度は何を俺にやらせようって魂胆なんだっ」

 さっきまでの優しい気持ちが瞬時に消える。やっぱり関わりたく無いと受け取った巻物をラドビアスに突き付けた。

「要らん、持って帰れ」

「これであなた方の劣勢を覆すことができるというのに、ですか?」

「な……」

 ザックは今自分の置かれている状況を忘れ去っていたことに気付いて慌てて周りを見回した。矢が飛び交うこの中で一体何をのんきに自分の思いに浸っていたのかと呆れる。

「ああ、結界を張っておりますから周りには見えておりませんし、危害も加えられませんよ」

「そんな心配はしてねえ。その胡散くさい巻物をどうしろとてめえの主人は言ってるんだ?」

 大半はサラマンダーとの交戦をしているが、誰の差し金か、新たな兵士たちは初めから楼蘭族を狙って仕掛けてきていた。楼蘭族だとて簡単にやられる技量ではないが、装備も統制もハオタイの正規軍には適うはずもない。じりじりと数を減らされている最中だった。

 好きとか嫌いとか言っていられる場合じゃないのは確かだ。まんまと罠にまたもや飛び込む恰好になってザックは腸が煮えくり返るがどうしようもない。

 ザックの問いにラドビアスは了解の意を汲んで突き出されたままの巻物を押し返しながら淡々と説明を始める。

「では、申し上げます。この巻物をちょうど蒼龍城の真ん中あたり、そうですね、乾清門の前で合図があったら広げて頂けますか。後は術が勝手に発動するようにしてあります」

「おいおい、乾清門って……」

「普通なら呪文と印もお願いしたいところですが、素人にそれは酷だと主が申しましたので二重に術をさせていただいたのです。後は持って行くだけですから」

 手間かけているんだから文句を言うなと滲ませてラドビアスは言うだけ言うとまた隼の姿に戻る。

「おい、待てよ」

「私はまだやることを言いつかっておりますので失礼します」

 隼が飛び立った途端に耳には激しい喧騒が飛び込んで来た。耳の側を矢じりが掠ってザックは白昼夢から醒めたように頭を振った。

「おい、ザック、どうする」

 腹心のグルバが額から流れる血を手の甲で拭いながらザックに問う。

「しゃあねえ、全員散って逃げまくってくれ。俺はちょっと乾清門まで行ってくる」

「乾清門って帝の居場所のど真ん前じゃねえか」

「すぐに戻る」

 説明もすっ飛ばしてザックははぐれていたとログーに合図を送る。素直にザックの元にやって来たログーにひらりと跨ると「ギュッカ」と声を出した。ログーはすぐさま乾清門に向かって走り出す。それを見送ってグルバもログーを見つけて跨るとすぐさまザックを追った。

「俺は付いて行くぜ」

「おい、グルバ」

 グルバはログーの鳴き声をまねた暗号で仲間に今のザックの命を知らせる。途端に今まで集まっていた楼蘭族は蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。

 楼蘭族には正々堂々とか品格とかそんなものは端から持ち合わせていない。仲間の逃げっぷりにグルバは思わず笑みを浮かべた。

「ここまで引っ付いて来たってのに、ここでさいならはねえだろ、ザック」

「礼は言わねえぞ」

「言葉なんかいらねえ、金か女でいいさ」

 ばかやろうとザックは言いながら唇を噛んだ。絶対にこれ以上仲間を死なせはしない。そのためなら再度悪魔と手を取り合うのも――我慢する。

 ログ―に伏せるように跨りながらザックとグルバは瓦礫をジグザクに走った。ログーは馬より格段に小回りがきく。結構跳躍力もあり、足場が悪い場所でも難なくかなりの速さを出すことができるため相手が重装備であればあるほど躱すことも容易い。

「さて、どうやって乾清門まで行くか、だよな」

 そして「あっ」と声を上げた。

「くそ、後どんくらいで合図があるんだ? それにその合図ってどんなだよ」

 うわわわと頭を掻きむしった。

「あんの糞ガキ、今度会ったらけつが腫れるくらいぶっ叩いてやる」


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