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ザックの悩み

 混乱の最中、いきなり空気の層を突き破り、現れた黒い影が一直線に下降していく。その向かった先に居たのは件の楼蘭族の男、ザックだった。

 砂漠で案内人として細々と生計を立てていた楼蘭族は基本徒党を組まない。運よく大きな商隊の仕事にありついたときには声をかけて何人かで組むこことはあってもその面子はその都度変わる。それにいつも仕事にありつけるわけでも無く、仲間なんて甘い括りでつるむ暇があったら抜け駆けしてでも客を掴むことに精を出していた。

 おまけに仕事がなけりゃ、反転して追剥にだってなる。こっちだって生きるためには仕方ないと言い訳をしながら。そんな生活が魔導師だと名乗る少年を拾ったことであれよあれよと言う間に大きく変わってしまった。

 金よこせと要求する先が旅人からハオタイに。

 一言で言えばそういうことだが、そんな事一体誰が今まで考えただろう?

 砂漠をどうやって渡ろうと心配する個人なら上手くふっかけることもできるが、相手が国なんて想像したことも無かった。砂漠がハオタイに属すると知ってはいても税金を払ったことも無ければ、恩恵を受けた覚えも無い楼蘭族に国に帰属する意識など芽生えるはずもない。

 そんな良く言えば純粋、悪く言えば単純な砂漠の民の耳に「上手い話がある」と甘言を吹き込んできたのが一見、寄る辺ない風情の少年だった。

 ふらふらと昼間の砂漠を渡ろうとする愚か者の前に現れて「ほら、あれがオアシスだ」と誑かす砂漠にいると噂される魔物のような奴。

「ま、乗った俺たちも悪いんだけどよ」

 ザックはため息交じりに呟く。学の無い奴ほど目先の欲に目が眩む。美味しい話にはたっぷりと裏がある。勿論そんなことを知るのはその『裏』に追い込まれてからだ。

 明日の保証が無い代わりに何の義務も負わない生活。その気楽さと決別し、手に入れたのは安定した収入と途方もない気苦労だ。通行料の代わりに商隊を無事に通す。払わない商隊はことごとくサラマンダーの餌食になるから大出費とは思っても削ることはできない。

 そのお墨付きを国に事後承諾させ、自国の街道の安全のために結局通行料はハオタイから出させる。

 金を国が金を払うのを渋れば直ちに次回の商隊はサラマンダーに襲われる。本当ならそんなに都合よくサラマンダーが出没するはずがない。

 からくりは簡単だ。火に反応するサラマンダーを楼蘭族が呪符で操っていたのだ。

 今だって。

 サラマンダーが何頭もキータイに集まるなんて普通ならあり得ないことだ。だいたいサラマンダーは砂漠に住む生き物である。しかも群れで生活することなどない。繁殖期や、子育て期でも無い限り二頭以上が同じ縄張りにいればたちまちどちらかが致命傷を落とすほどの争いになるはずだった。

 それが見る限り五、六頭はここにいる。

 楼蘭族が先導し追従しなくては渡れない砂漠の原因がサラマンダーで、楼蘭族がキータイに来た途端に姿を現したのなら。

「客観的に見りゃあ、俺らが操っているってバレバレだぜ」

 ザックは鼻を鳴らし、後ろ頭をガシガシ掻いた。

 今回、キータイから自治区承認の謁見と称して招聘状が送られてきたが、どう考えたって来いというのを口先だけの丁寧語で誤魔化したとしかザックには思えない。

 だが、仲間たちは大喜びでそこに水をかけるようなまねはできなかった。自分の気持ちを上手く伝える自信も無いというのもある。人前で演説をぶるなんて高等なことは自分には無理だ。それに権益を守るために徒党を組んだ時から個人としての思いだけでは動けない。

 招聘状には皇帝の息女を降嫁させるというザックからしたら「冗談じゃない」と思う餌が書いてあった。しかし、曲がりなりにも帝の姻戚関係にある長を頭に持つ自治区となればお上に認められたと周りには認識されるだろうことも分かる。

「ザック、別嬪の嫁さんを拝みに行こうぜ」

 仲間たちはもう大喜びで浮き足立ち、自分たちが何か偉くなったような錯覚を起こして沸き立っていた。それがキータイの思う壺だと思っても他に道は無いとザックは砂漠を出発した。

 今になってもなぜ自分なのかと悩む。もっと適任者がいるのではないか。今まで己が楽に生きていけることしか考えなかった自分が何で仲間を率いる頭目になってしまったのか――と。

 ぐるぐると考えても答えは出ない。すべてはあのガキ、クロードをちょっと親切心で助けたことが悪かったのだ。もう絶対に砂漠で物は拾わないと誓う。

「くそったれ」

 ただ酒が飲めると沸き立っていたのに、あっと言う間に逆賊扱いになって差し向けられた兵士相手に戦うはめになった現状を予想はしていても何か言わずにはいられないザックだった。

「主からあなたへ書簡を預かっております」

 苦虫を噛んだような顔で思案中、ザックの足元に影が落ち、頭上から聞き覚えのある声がして彼の眉間の皺が一層深くなった。

 低い声に事務的な訛りの無い一本調子の口調。淡々と目の前の文章を読むような感情の読めない声。それは二度と会いたくないと思った相手のものだ、たぶん。

 ――クロードの従者。

 一瞬上を見たことを後悔するかのようにザックは「げっ」と唸り急いで視線を地面に向けた。このまま知らないふりで凌ごうと決心する。別にこいつが悪いわけじゃない。ここに来たのも嫌々とはいえ自分で決めたことでこいつのせいじゃない。もっと言えば悪いのはこいつじゃなく主人であるクロードである。

 それなのに何でか諸悪の根源と思えるのはこの魔導師だった。八つ当たりだろうが何だろうがそう思うのだから仕方ない。

「上を見たくせに気づかないふりをしないでください」

「うるせえよ、消えろ役病神」

 そう言うわけにはいきませんよとザックの喧嘩越しの言葉など気にもならないように隼はザックの肩に止まった。


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