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誘いー3

「今頃思い出したのかよ、おまぬけだな、アウントゥエン」

「知っていたさ、えっと名前は……」

 頭を捻るアウントゥエンがわかったと嬉しそうに大声を出す。

「メイファだ」

 メイファ? 何か聞いたことがあるとクロードは記憶を総動員して頭の中を探し回わる。

 昔ラドビアスを故郷のダルファンから連れ出した雪豹の魔獣の名前が確かメイファだったと思い出した。

「雪豹のメイファだな、おまえ」

「おや、知っていたのか。嬉しいな、そうだよ、メイファだ」

 頭から被っていた布をはらりと首の後ろへ落とすと男は、長年の友人に会ったかのように微笑んだ。

「ここに女の子がいたろ? 知らないか」

 おまえがどうかしたんだろうという言葉を含ませながらクロードは、足を少しづつずらしながら移動していく。

「知ってるよ、ハオ族の子だろ? 返して欲しいの?」

「あたりまえだ、おれの連れだからな」

 敵なのか何なのか、少なくとも味方では無いような気がする。 なんでランケイを連れ込んだのかが分らず、クロードは慎重に言葉をかける。

「おまえ、一体何をしようとしているんだ?」

「取引だよ、クロード。ハオ族のこの娘は俺が預かる。おまえは、指輪を持って『ロンズの店』においで。ラドビアスなんかと来るなよ、じゃあな」

 だっと走るうちに姿が白い大きな豹になったメイファは、足元に置いていた塊を咥えると飛ぶような勢いで天窓を打ち破って外に飛び出した。




「アウントゥエン、追いかけろっ。……あ、そうか」

 言った側から、今は人型だったと思い出して横の男を見上げると、アウントゥエンも「無理だ」と悔しそうに呟く。

「あいつにはもう追いつけないし、元々あいつには匂いが無い」

「匂いが無い?」

「あいつは、魔界の匂いがしないのだ。長生きをしているから自分の変化も自由にできる」

 アウントゥエンの言葉にああ、とクロードは納得する。 メイファは五百年前に誰かに召喚されたままこの世界に居続けた。そのために魔界の匂いを、自分の匂いを失ったのだ。

 ――だとしたらおれが召喚したこの二頭の魔獣も同じ運命を辿るのか?

「ごめん、アウントゥエン」

 クロードの差し出した手が逞しい腕にかかる。 アウントゥエンは不思議そうに自分の主人を見下ろした。

「どうしたのだ? 何で我に謝る?」

「だっておれ、おまえたちを魔界に帰す方法が分らない。それに、おれ……おまえたちと離れたくないし。でも、おまえ達にとっては故郷だもんな。やっぱり帰りたいだろうと思って」

「クロード」

 名前を呼ばれてうな垂れてしまった顔を再び上げると、アウントゥエンは嬉しそうに笑っている。

「クロードの側は、居心地がいいから我はここでいい。魔界は温くて眠くて退屈だ。それよりクロードのほうがいいに決まってるぞ。なんか……舐めていいか?」

「その格好のときはやだ」

 嬉しい言葉を聞いてクロードはほっとするが、こんな大男に舐められたり、抱きしめられたりするのだけは勘弁願いたいと心底思う。

「だけど、メイファは誰に召喚されているんだろう」

 長年人間の世界にいたために驚くほど人間に同化している。 喋るのもなにも不自然さも何も感じないばかりか、きっと考え方まで人間に近いのかもしれない。 一瞬で自分の姿を変えることができるし、衣服も変化している。何かの術で出しているのか、それとも着てるように見せているのか見極めることもできなかった。

 だが、魔獣が自分の意思でこんなことをするわけがない。

 メイファの主人は一体誰なのか。 クロードは得体の知れない大きな影を感じて後ろを振り返るが、勿論そこには何も無かった。

「何でこんなところにクロードさまがいるのか伺ってもいいですか」

 佇むクロードの背中に突き刺さる硬質な声。 振り向かなくても誰だかは分かる。

「えっと……釈明させてくれ、ラドビアス」

「できるなら、どうぞ」

 恐々後ろを見ると、黒い髪を後ろに流した自分と同じくらい背の高い男を従えた、クロードの従者が腕を組んでこちらを見ていた。 声を荒げるわけでも無く、口元を微かに歪めて眉根を寄せているだけなのに、在りえないほど怒っているのが分る。 たぶん周りの気温も三度は下がっているはずだ。

「バザールの入り口の店で食事をしながらわたしを待っているはずのあなたが、なんでここにいるのか整合性のある説明があるならぜひお聞きしたい」

「えっと、アウントゥエンが生肉を食べて、ランケイが飛び出して行って……」

 詳しく言えば言うほど、ラドビアスの眉間の皺が深くなる気がするのはどうしてなのか。

「追いかけたら、魔獣がいて」

「魔獣ですか?」

 今まで聞いてやろうという態度だったラドビアスが、目を見開く。

「うん、前におまえに聞いたやつだと思う。メイファと言っていた」

「メイファ……」

 その名前にラドビアスの目がわずかに泳ぐ。 遥か昔の忘れられない記憶。 メイファと会った時から自分の運命は劇的に変わった。

「メイファと会うなんて。アウントゥエン、おまえがついていながら」

 ラドビアスの怒りが横の魔獣に向くが、アウントゥエンは頭をかきながら知らん顔をしている。

「それで、メイファは何をしたんです?」

 どこにも怪我はしてないかと上から下までざっと見渡しながらラドビアスがクロードに声をかける。

「おれはなんともない。けど……」

「けど?」

「ランケイが攫われた」

 クロードは目の前の男が「ほら、やっぱり面倒なことになった」という顔になったのを見て顔を顰めた。


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