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龍印を解す

「あなたはそんなにもカルラを愛していたのに。何で認めようとしないんですか」

 ラドビアスの右頬に、バサラの拳がとぶ。

「必要だと言ったんだ。わたしの血を残すために。わたしが自分以外を愛するなんてことがあるわけがない」

「じゃあなぜ、あなたはハイラと寝てないんです? 血を残すだけなら、ハイラでもいいはずだ」

 ラドビアスの左の頬に再度拳があたる。

「あんな化け物みたいなやつと寝るなんてできるか。わたしは醜い物は嫌いなんだ。自分に一番近かったカルラを、抱きたいと思ったとしてもおかしくはないだろう」

「ベオークにいた頃、わたしがカルラのことをいつも見ていたと気づくくらい、あなたもカルラを見ていたという事。そうでしょう? 誰にも渡したくない。自分だけのものにしたい、そんな感情を愛と呼ぶんですよ。あなたは、何百年も生きてきて、そんな事にも気付かなかったんですか」

「……おまえに何がわかる? カルラをどんなに大事に思っていたかなんておまえには到底分からないんだよ」

 大事に思っていた。それは自分のために、そういうことだったはず。それ以上の理由など無い。

 ――カルラを私は――。

 バサラの沈黙それは、何もこれ以上言うことは無いという沈黙ではなく。言うべき言葉が、見つからない。そんなもどかしい沈黙だった。

 腹からの出血を急いで術で塞ぐと、ラドビアスは立ち上がる。二度も刺された肩と腹が激しく痛んで思わず、苦しそうな声が出た。

「サンテラ、ここに来い。クロードを助けに行くんだろう? だったら、わたしの龍印を解したほうが良いんじゃないか。この戦いは一旦棚上げにしといてやる」

「これを取る?」

 バサラの態度の変化に戸惑いを隠せないがラドビアスはゆっくりと近づいて行く。

「服を脱げよ、サンテラ。刺したりはしないから」

 上着とシャツを脱いだ背中に現れたのは、左の肩甲骨の辺にある痣の様な黒い龍の文様だ。

『排脱、解脱、解烙、我の制約を解き無に帰す』

 呪文と同時に右手を突き入れられる。熱い火かき棒で刺されたような感覚に、ラドビアスは歯を食いしばった。

 バサラが掴んだ手の中には蠢く小さな龍がいる。

『滅せよ』

 バサラがそれを床に投げ捨てると、それは白い煙を残し消えていった。

「これで、おまえの実力が出せる。ただの人間になら力を与える龍印も、おまえには力を抑制させていたにすぎない。さあ、行け」

「こんな事をして、あなたは次に何を企んでいるんですか」

 ラドビアスの言葉にバサラは唇をくっと引き上げた。

「教典を取り出して、クロードも救う。一つだけ手があるんだよ。聞きたいならクロードを無事に取り戻して来い」

「あなたの本意は?」

「おまえに教える義理はない」

 ラドビアスの問いに今度こそ、バサラの口は堅く引き結ばれて再びラドビアスに対して開く事はなかった。

 ラドビアスは座り込んだバサラの前を横切り、長い廊下に出て行く。

「わたしのカルラへの思いが愛? もしそうだったとして、今更それを知ってどうなるというのだ。カルラは、もういないじゃないか。やつらに殺られるもよし、勝ったにせよ、その時は、今度こそわたしがおまえを殺してやる。そしてクロードはわたしがいただく」

 ラドビアスの後姿にバサラは、そうつぶやいた。

「インダラ、いるか」

「ここに」

 壁の黒い染みが膨らんだと思ったらそこから人が現れる。

「話、聞いてた?」

「ええ、ついでにバサラさまがわたしがここに潜んでいるのを知っていてサンテラをすぐ側に蹴り飛ばしたことも知ってます」

 インダラの言葉にバサラが声を上げて笑う。

「おまえ、わざとだと思ったの? おまえの中のわたしの認識はどれだけ意地悪なんだ。まあいいや、ハイラをここに連れて来てよ。それとメキラをクロードとサンテラにぶつけろ。あいつらに始末させればこっちは楽になる」

「あなたがあくどい事なんてみんな知ってますよ。それにしても酷くやられましたね。あと一発でもサンテラが手を出したら言いつけに背いて飛び出すところでした。まさかそんなご趣味があったんですか?」

 気づかわしそうインダラが差し伸べた手がバサラの傷口をなぞり、呪が唱えられる。触れた場所から傷が消えていく。

「インダラ、もういい。確かにじんじん痺れる感じも悪くない気がしてきたよ」

「まったく」

 インダラが大きく息を吐いた。

「では行って参ります。帰ってくるまで大人しくしといてくださいよ、バサラさま」

 浅い礼の後、インダラの姿は壁に吸い込まれて消えた。

「メイファ、お待たせ」

 バサラの声に応えて窓からのっそりと白い豹が部屋に入って来た。

「おまえに頼みたいことがある」

 頭をバサラの脇の下に潜り込ませて雪豹はごろごろと喉を鳴らす。

「その前にさっきのご褒美をください」

「仕方無いなあ、時間も無いのに」

 薄く笑ってバサラが雪豹の顎を持つと雪豹は嬉しそうに「にゃあ」と猫のように鳴いて、その姿を変えた。

 バサラの膝にいるのは若い女だった。雪のように白い髪がさらりと背中に流れている。

「ねえ……バサラさま」

「時間を見計らってハイラをここに連れてこい。魔法陣を描いておく」

 不満げなメイファに苦笑いを零してバサラが濃厚な口付けを落としてやる。その行為の後にメイファがバサラの膝から名残惜しげに降りる。

「行ってまいります」


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