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誘いー2

「カシュダルのバザールは、この辺では最後のバザールです。わたしは、旅に入用なものを調達しますのでアウントゥエンと待っていてください」

「こいつたちも連れて行くの?」

「ええ、外は暑すぎて魔獣にもきついですから」

「でも……」

 こんなの、人ごみに連れて行って大騒ぎにならないか? そんな事を思っているのが顔に出ていたのか、ラドビアスがくすりと笑った。

「このままじゃ、無理です」

「……って?」

「クロードさまが使役している魔獣に呪をかけて人型にすればいいんですよ」

「お、おれ?」

 ラドビアスを見ながら自分を指差して、視線を自分の足元で寝転ぶ魔獣に向ける。

「おれ、そんなのできないよ。教えてもらってないじゃないか」

 確かそのはずだ、変化の術なんておれは知らない。

「いえ、そうじゃなく。彼らは元から人型になれるんですよ。ただし、まだ歳若い彼らは一人では変化できません。きっかけがいるのです。それが、主人の呪文だというだけです」

「それだったら、前から変化させて一緒に宿に泊まればよかったじゃないか」

 クロードの抗議にラドビアスが人差し指を顔の前で振って見せる。

「変化は彼らには結構な負担になるのです。度々するものではありません。それに、宿まで一緒なんてわたしは遠慮したい」

 本心は最後の方だとクロードは思ったが、そういう事なら今度からは一緒にいられると嬉しくなる。

「で、どうするの?」

『変成、変転、変容、我の命により辺幅、変化せよ』「そう唱えて三邪印を片手で結び、名前を呼ばわるか、空いた手でその物を触ればいいのです」

 ラドビアスが古代藩語で呪文を唱えるのを聞き漏らさないようにクロードは慎重に頭に入れる。 レーン文字を使うレイモンドールの魔術と違い、ラドビアスの魔術は大陸の魔術師と同じ古代藩語ばかりの術だ。 慣れてはきたが、読むのは出来ても聞き取るのはアーリア語とは音調が微妙に違って難しい。

「やっていただけますか?」

「うん」

『変成、変転、変容、我の命により辺幅、変化せよ』

 少したどたどしくなったが、最後まで唱えて側にいたサウンティトゥーダの背中に触れた。

 途端にゆらゆら揺れていたサウンティトゥーダの体がぐにゃりと動く。 もやもやとした暗幕に包まれたと思ったら、そこからすっと立ち上がるのは大柄な男。

 顔はハオ族に近いが目付きが鋭く、口が大きいところが元のドラゴンだとクロードは思った。 青白い体は、腕の内側や脇腹に硬い鱗の名残がついている。 しなやかな筋肉をつけた若い男は逆立つような黒い髪を一振りして大きな口を開けた。

「二本足は久しぶりだ」

「そっちもお願いしますね」

 ラドビアスの指差すアウントゥエンの頭にクロードは手を触れる。

『変成、変転、変容、我の命により辺幅、変化せよ』

 今度は赤茶けたもやが魔獣を包む。 そこから足を出した人物にクロードは驚いて顔を逸らせた。

「おまえ、女の子だったの?」

「おんなのこ? ってなんだ。我は雌が基本だが雄にもなれる。そっちがいいか、クロード?」

 赤毛の長い髪が背中まである、出るところは出た、褐色の肌を持った美女が素っ裸で立っているのはいささかクロードには刺激が強い。

「できればお願い」

「変な奴だ」

 言ったあとに「くっ」という歯を食いしばる声がした。 姿を変えるのは苦痛を伴うのかと思っていると、「これでいいか?」低い声が聞える。

 赤毛の髪はそのままだが、アウントゥエンも綺麗にのった筋肉を持つ男性の姿になっていた。

「わたしの服ですが、間に合わせに着なさい。二人の服もついでに買って来ます。サウンティトゥーダ来なさい」

「また自分か」と、文句たらたらで黒い髪の男はラドビアスについて行く。

「クロードさまは、バザールの入り口を入ったところに食堂がありますから、そこで食事をしながらお待ちください」

「ランケイも一緒にだろ?」

「そう言いませんでしたか?」

 言ってないだろうとクロードは口をとがらすが、ラドビアスは知らないふりでさっさと歩いて行く。 大急ぎで服と格闘していた二人も後から走ってついてくる。 だが、見たところラドビアスより体の幅がある二人には服が窮屈そうだった。

「きつい」

「がまんしなさい」

 二人の文句など、虫を潰すようにぴしゃりと叩いてラドビアスはサウンティトゥーダを連れてバザールの奥に消えて行く。

 香辛料をふんだんに使った肉料理を食べていると、アウントゥエンがまだ大半が残った皿をわきに押しやった。

「どうしたの? お腹すいてないの?」

 こいつにお腹がすいてないという事が今まであっただろかと思いながらクロードはが聞く。

「辛くて臭い匂いが堪らん。せっかくの肉の良い匂いが台無しだ」

 人型になっても相変わらず鼻が利くんだなと思いながら、さてどうしようかとお品書きに目を通す。 味をつけてない食べ物なんて何も無いと思うけどと顔を上げたクロードの前で生の鶏の頭を齧る男を見てしまった。

「うわあああっ、何やってんの」

「あそこの店で売っていたぞ。ちょうどテーブルにさっきのおつりがあったから買ってきた。こいつは生きてないが、死にたてだから上手い。血が新鮮なんだ」

 長々と続く生の鶏の味についての感想にクロードは吐きそうになる。

「あ、あたしもうダメ。吐きそう」

 今まで黙っていたランケイが急に立ち上がって外に飛び出して行く。

「あひつ、どうひたんだ?」

 口からぐったりとした鶏の頭が垂れたままアウントゥエンが聞いた。 手は血だらけで、もうそこら中が血なまぐさくてさすがの香辛料も形無しだ。

「おい、生のしかも元の形のまんま肉を食べるのは禁止だ。一応おまえ人間の格好してるんだぞ」

 口から鶏を引き抜いてクロードが小言を言うとアウントゥエンは渋々頷く。

「クロード、生の肉は甘くて柔らかくて旨いのに人間は何でわざわざ固くしてから食べるのかが分らん。今度とびっきり旨い肉を分けてやる。そうしたらどちらが旨いか分る。一番旨いのは、まだ息がある動物だ。暖かくてぴくぴく動いて……」

「あのさ、おれに分らせようとしなくっていいよ。でも、ランケイどこまで行ったんだろう?」

 生肉の美味しさを語るアウントゥエンを遮り、なかなか帰って来ないランケイにクロードは席を立った。

「探しに行こう」

「ここにいろと言われたぞ、あいつに」

「直ぐだよ、そんなに離れてないはずだし。匂いたどってよ、アウントゥエン」

「仕方ないな」

 そうは言ったがクロードにお願いされるのは大好きだ。 そう思いながら顔だけは嫌そうな表情をつくってアウントゥエンは、血で汚れた手をべろりと舐めた。


 ランケイの匂いを辿りながら入り組んだ屋台や小さい店の間を進んで行く。 最初の頃こそ、時々後ろを振り向いて元いた食堂を確かめていたクロードも、どんどん速度を速めるアウントゥエンを追っていくうちに忘れ去っていく。

 いつの間にかクロードは薄暗いバザールの隅にまでやってきたようだった。

 あんなに騒がしかった喧騒は影を潜めて、誰の姿も見えない。 奥まった掘っ立て小屋の入り口には戸の変わりに分厚い麻の布がかけられていた。

「そこか?」

「ここから匂う」

 頷くアウントゥエンの後についてクロードが小屋の中に入る。 中の暗さに慣れず、暫く戸惑うように立っていると上から声が聞こえて来た。

「初めまして、クロード。会いたかったよ」

 上を見あげると小屋を支える天井に渡した丸太の上に誰かが乗っている。 クロードを庇うように前に立ったアウントゥエンが、あっと声を上げた。

「おまえ、知っているぞ」


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