魔界の理
「どこにいるか分る?」
クロードの問いにアウントゥエンが不満げに唸る。
「こんなに臭いのに分らないわけがない。クロードは分らないのか?」
アウントゥエンの言う通り、確かに生臭い匂いがするがそれがどこからなのかは分らなかった。
「分らないや、アウントゥエン、すごいな」
クロードが狼の耳の後ろを撫でてやると狼が喉を鳴らした。褒められて上機嫌らしい。そしてふんふんと鼻を上に向ける。
「もう一頭何かがいる。いるが気配だけで何も匂わない。変だな?」
――匂わない?
そう聞いてクロードは思い当たる魔獣がいた。あれはダルファンの近くだったか? 砂漠の入口で雪豹の魔獣、メイファに会った時にアウントゥエンが匂いがしないと言っていた。長いこと魔界を出ていたために匂いが消えたのだと確か言っていた。
「メイファ……かな」
「我もそう思う」
なぜ、ここにメイファがいるのか分らないが、行ってみるしかないだろう。アウントゥエンは迷うことも無く、二頭の魔獣の元にクロードを連れていった。
興奮しているのか、赤い体毛が逆立っている。
大蛇と戦っているのは元は白い豹だったろうが、今は泥とどちらのかも区別がつかない血糊のせいでどす黒い。一方の蛇も片方の頭は半分が噛みちぎられていて相当な怪我を負ってはいる。
「メイファ、色男が台無しだな。手伝って欲しい?」
クロードの声にメイファが唸り声を上げたが、これは是という意味なのだろうとアウントゥエンから降り、クロードは彼の眷属の背中を叩いた。
「アウントゥエン、メイファを手伝ってやれ」
「クロード、そこで待ってろ」
アウントゥエンはクロードの言葉が終ると同時に勢いよく飛び出して行った。彼らは普段、他の魔獣に敵意は抱いていない。主人の命じることに忠実なだけだ。共闘しろと言われればそうする。
だが、その実、魔獣らは皆好戦的で、戦う理由があれば今まで一緒にいた相手とも闘う。
主人にお墨付きをもらったアウントゥエンは大喜びで戦いに参戦する。新たに乱入してきた敵に大蛇が大きな口を開けて威嚇してきた。その大きな頭の下をくぐってアウントゥエンはちぎれかかっていたもう一方の蛇の頭を噛みちぎった。
「ぎゃあああっ」
大声を上げて反撃しようとした大蛇の目にメイファの前足の爪が刺さる。血しぶきが周りを赤く染めた。
「不味いな」
「不味い」
返り血を浴びてメイファが口の中に入った血を吐きだした。横ではアウントゥエンも鼻に皺を寄せて応える。
「食えるかと思ったがこんなに不味いとはな」
「首を押さえろ、目玉を潰す」
言いながらメイファが自分の前足をぺろりと舐めた。 それを合図にアウントゥエンが飛び上がった。横目でちらりと確認したメイファが身を低くしてガランドルの鎌首の真下に入り込む。
即座に残ったガランドルの頭が降りて来たのをメイファは認めて「シャア」と威嚇する。
「もう許さないぞ、猫の分際で」
がああっと下顎を外して大蛇が地面に向かい、口をぶつけるように降ろしてきた。ずしゃりと地面に届く音は、それでも水音と歯が噛み合う音しかしない。
寸での所でメイファは飛び退いていた。そのガランドルの頭の付け根に向かい、アウントゥエンが体重を乗せて飛び降り首に噛みついて青い鱗がはがれて水しぶきのように舞う。
太い胴体がのたうつと地面が激しく叩かれる。それを回避するように頭側に回り込んだメイファは、後ろ脚で立ち上がると前足の爪を剣のように長くしてガランドルの目に突き立てた。
凄まじい絶叫が津波のように空気を震わせる。ばたんばたんと尻尾が首を押さえているアウントゥエンとメイファを狙って叩きつけてくる。
そこにクロードが近づいて来た。
「ねえ、おまえ誰が呼びだしたんだ?」
無言でばたんっと尻尾がクロードの方に向けられる。
「メイファ、残りの目も潰せ」
「オレに命令するなよ、がきっ」
クロードにメイファが怒鳴るが、剣になった爪は過たず、ガランドルの残った目玉を一突きにした。
目玉が破れて体液が飛び散り、ガランドルの絶叫が反響してそこら中の壁が崩れる。
「ガランドル、おまえの主人は見当ついてる。ビカラだろ?」
クロードの気配を追いながらガランドルが鎌首を向ける。首はアウントゥエンの攻撃によって大きく裂けて生臭い血がどろどろと流れていた。
「……だったら……どうなんだ」
それだけを言ってガランドルはぐはっと血を地面に吐き出した。
「聞くところによると、おまえは守護の魔獣だそうだな。だったらビカラが使役しているおまえの役目は、あるものを守っている、そう思うんだよね」
地面に伏せていた頭を上げ、ガランドルがクロードの居るあたりへ声を頼りに攻撃してきたが、横からアウントゥエンが太い前足で払い倒した。
「手を出すなっ、クロードは我の主人だ」
「煩いな……もう……何も言わん」
ガランドルはそう言うと体を地面に投げ出した。地面に広がる血や体液の広がりに彼の最後を思わせた。
こんなになっても主人に解放されなかった魔獣は契約に縛られたままなのだ。自分がしていることのはずなのに、クロードはやるせない思いに胸が痛む。
「止めを刺すか、クロード」
「やらないんだったらオレがやる」
落ち込むクロードの横で同じ魔獣であるアウントゥエンとメイファが、はあはあと息も荒くクロードを見る。どっちも自分がやりたくて仕方ないのだ。
「おまえら、ガランドルのこと可哀そうじゃないの? おまえたちの仲間だろ」
「可哀そうじゃない。弱いのが悪い」
「我らに仲間なんかいない」
二頭はこぞって唸り声を上げる。そんなとこが結構仲いいんじゃないのか? そう思わないでもないが、実際この二頭だってついこの間まではお互いに戦う間柄だった。
人の言葉を話すからと言って、人の道理が通じるわけじゃない。魔界には魔界の理があるはずで、それはいくらクロードが魔獣に教えを請うたところで理解できないのだ。
だが、ガランドルへの憐情に浸る間も無い。
「おれが仕留める」
クロードは指輪を剣に変えて構えを取った。