身代り
――俺なんだと叫びたい、俺がザックなんだと。
自分が食われるのが筋なんだと思う。それなのに一体これは何なのだ。卑怯者としてこの重たい荷物を背負って生きていかなくてはならないのか。
頭なんて、クソ喰らえっ。
この先、何度もグルバが大蛇に食われる夢を見なければならないのか。何で一緒に戦うって方を何で選ばないんだ。そう思う情の反対側で、おそらく戦えば半分は死ぬだろうと冷静に判断する自分もいる。
そしてグルバにもそれが分ったのだ。
「……すまない」
こんなありきたりな言葉でしか送り出せない自分に情けなくなり、ザックは唇を噛みしめた。
集団の頭なんて割に合わない。こうやって仲間を死なせ、自分は高みで保身を図る。それがどんなに苦しいことか。それでもそれを受け入れて自分は生き残るべきなのだ。楼蘭族のためという大義名分。
己が動かしてしまった大きな責任を投げ出すことはもはやできないところにきている。
そして……時間というものは一定ではない。
待っている時は経てしなく長く、過ぎるなと思うときほど、あざ笑うように駆け足になる。見る間にグルバの姿は大蛇の巣の中央にあった。
「来たぞ、他の仲間は逃がしてくれ」
覚悟はしていても細かく足が震えるのをグルバは止められない。
「グ……」
名前を言いかけた仲間にグルバが指笛を短く吹いてみせる。グルバが身代りになったことを知り、仲間たちは一様に黙りこくってグルバを見上げた。
「旨そうだが仕方ないな、おまえら逃がしてやる」
「一人じゃ食いでがないが逃がしてやる」
そう口ぐちに大蛇が言ったが誰も逃げない。腰でも抜かしたのかとグルバが中の一人の腕を持って立ちあげようとした。
「俺らも残る」
蒼白な顔のまま言った言葉に他の者も頷く。
――おまえら。
ぐっと熱いものが込み上げてきたが、そんなことをしてもらいたいわけじゃない。グルバはわざと乱暴な仕草で無理やり立たせた。
「バカ野郎っ、そんな楽な役目は俺だけでいいんだ。残ってこの先に行くほうが何倍も辛いんだぞ。おまえらもっと苦労しやがれっ」
グルバの大声に皆下を向いて拳を握った。そしてぞろぞろと巣から出ていく。
「では遠慮なくいただこうかな」
同じ声がほんの少しずれて聞こえ、ずるずるとグルバの前まで蛇が頭を持ってきた。
「我は頭から」
「我は足から」
仲良く半分こだと言い合って双頭の蛇は大きく口を開け、グルバは目を閉じた。そして自分の体に痛みがくるかと構えていたグルバは大きく振られた蛇の胴に飛ばされて巣から飛び出た。
「ぎゃあああっ」
大きな叫び声がやっぱりずれて聞こえた。受け身を取ったグルバは巣に視線を向ける。そこには、蛇の胴に噛みつく白い豹の姿があった。
「一体これは……どうなってる」
豹なんてものは知識でしか知らない。これまた想像上の生きものじゃないのか? 今度こそ腰が抜けそうになってグルバは四つん這いのまま、仲間の元に急いだ。
「ザック」
「ここから出るぞ」
やっとそこから出たところに、クロードが立っていた。
「なんでこんなところに入っちゃうかな」
「うるせえ、こんなやばいとこがあるんなら、教えとけよ、がき」
「それで……何がいたの?」
「頭が二つあるしゃべる蛇だ。仲間が一人食われた」
ザックの言葉にクロードの隣にいた狼が反応したように主人の手を舐める。
「どうした、アウントゥエン? 誰か分るのか」
「それはガランドルだ。やつは守り蛇だと言われている」
ふうんと顎に手をやるクロードがぶつぶつと言いながら植物園に入っていく。
「そ、そいつもしゃべるのかよ」
グルバがぎょっとした顔をして後ずさりしたのを見て狼が鼻に皺を寄せた。
「まあね、アウントゥエンはおれが召喚したんだ。ガランドルは誰が召喚したのかな? ちょっと聞いてくるよ。ザックたちはここで待っててね」
「クロード乗れ、足が汚れるし、おまえの足は遅い」
狼が言い、クロードは狼にひらりと跨った。
「大和門に呪符を貼ってきたから、サラマンダーが大和門を壊して大和殿を潰した後に、ザックたちは旨く忍び込んでくれ」
「おまえは?」
「時を見計らってサラマンダーを植物園に誘い込むよ」
どうやってと聞く前にクロードの姿は森に消えた。