植物園
「できたよ、入口」
「……ああ」
ありがとうと言うのも何だか癪で、口の中でもごもご言いながらザックは開いた場所から内門を通る。そのまま行こうとしたが、クロードの手が体の前に差し出されて止められてしまう。
「何だよ、じゃますんな」
「あんたたちを囲んでた兵はいなくなったわけじゃない。呪符を貸してよザック。逃げきれるくらいの距離を取って、わざと兵士にここを追わすから。そこにサラマンダーを誘いこんで始末してもらおう。そのまま大和門を通り、大和殿を潰させれば内廷門も近い」
「誰がそれを?」
「やりたいの? ザック」
口角を上げてクロードはザックの胸元に手を差し入れると呪符を取りだした。
「やりたかったろうけど、ダメだよ。そういう楽しいことはおれがやる。先に行ってよ、すぐに追い付くから。大和門の近くで待ってて」
「サラマンダーに兵士を殺させるのが楽しいことかよ。おい、こいつ頭大丈夫か?」
食ってかかるようにグルバがクロードを睨む。
「あんたらが砂漠でサラマンダーをけしかけて旨い汁を吸っているのと同じだよ、小父さん。この際、自分だけ善人に仕立てるのはやめようよ」
「こっ、このっ」
前を行く少年の襟首を掴もうとしたグルバに、ザックが体を二人の間に割り込ませるようにして止めさせる。
「こいつは言い方がアレだが実際は違うから」
ザックがとりなすようにグルバに言った後、「もうおまえ黙れ」とクロードには言い置き、行けと顎をしゃくる。
「面倒くさい奴め」
分っている。本当に楽しいなんてクロードは思っていやしないのだ。だけど、こいつは素直じゃない。自分を悪い立場に置いておくことで、自分の非道な行いの均衡を量っている、そんなやつだとザックは思う。
「要らんこと言ってないで、さっさと行け。てめえのせいで俺らはこんな事になってんだからな。もたもたしてると迎えに行くぞ」
ザックの言葉にふっと笑みを浮かべてクロードは狼の耳の後ろに触れて何かを囁いた。それを合図に狼は飛び上がると、あっと言う間にザックらの頭上を通り越して元来た道へと消えた。
「大丈夫なのか、一人で行かせて? あそこは今サラマンダーが大暴れしてるぞ」
さっきは喧嘩腰だったはずのグルバが心配げにクロードの消えた方に視線を向ける。どいつもこいつも外見はいかついが、お人よしぞろいなんだとザックは胸の内で笑う。
それは良い事なんだが、今はちっとばかししまっておけと言いたい。
「あいつが一人じゃ寂しいなんぞ言うもんか。却って好き勝手できると、大喜びだろうよ。俺達は先を行くぜ」
ザックたちの目の前には大きな門がまた控えている。赤く塗られている分厚い板には鉄で補強されていて、それを目立たないように金銀で飾っている。
続く障壁は大きな石をぴっちりと積み上げて漆喰で仕上げているもので手を掛けるところすらないつるつるの壁になっている。
その門は見上げるほど高く、固く扉は閉ざされていた。
「どこで待つって?」
「そうだな、左の奥に植物園があるはずだ。そこに隠れよう」
ザックの言葉にグルバが頷いて口に手を当てて獣のような声を上げる。それはログ―という巨鳥の鳴き声を模した楼蘭族の合図だ。暗い闇の中でも旅人に意図を知られることなく意思疎通ができるためのもの。
そのグルバの発した合図に後ろからも返答の合図が上がった。
ハオタイ皇国の中心、キータイのこれまた中心である蒼龍城。その敷地の中にこんな自然が存在しているとは思っていなかった。植物園などという可愛い名前で括るには無理があるほど、ここは鬱蒼とした森林だった。
「おい、これって」
「やばい気がする」
空が見えないほどの密集した木々のせいで薄暗く、ねっとりと体にまとわりつく湿気に汗が噴き出す。きっと、目に見えない囲いとかいう胡散臭い魔術がかけられてでもいるのだろう。明らかに今までと気温までが違う、多湿で高温な世界。
楼蘭族は砂漠の民族だった。ただでさえ、砂漠を離れて慣れない環境に置かれているとうのに、ここは彼らにとって異郷そのものだった。その森のどこからか、獣らしい雄たけびがいくつも聞こえている。
「ここは、楽しい植物園なんかじゃなさそうだな」
ここにあるのは、珍しい花や、貴重な薬草なんかでは無いことをザックは肌で感じた。