サラマンダー来襲ー3
「師匠、久しぶりだね。部下も出来たみたいで見違えちゃったよ。だけどちょっと強面すぎない? 顔怖いよ。とにかくおれの連絡も上手く伝わったみたいで良かった」
怖いと言いながらクロードはいかつい楼蘭族たちを見ても暢気に笑っている。そうだ、こいつはそういう奴だった。見た目はどこぞのおとぎの国の王子さまみたいなくせに、やることなすこと胡散臭い。まるで子どもの皮を被った年寄りの魔導師、それがクロードだとザックはぺっと唾を地面に吐く。
「師匠、汚いっ」
「ちっ、上っぺりだけ師匠扱いかよ。おまえの伝言を伝えに来たひょろひょろの男、感じ悪かったぞ」
ザックの遠慮の無い言葉にクロードは吹きだした。
「あははは、ラドビアスってどこでも受けがあんまり良くないんだよな」
笑うと途端に魔法が解けたように、この腐れガキも普通の人間に見える。だがアーリア人の少年が、一人ででかい狼と一緒に散歩の途中でもあるかのようにここにいるわけは無い。ザックの斜め後ろから異形の物のように眺めていたグルバは思う。
キータイにいるアーリア人の多くは豪商や、招かれた国賓や貴族などだ。西に近いダルファンの民ならアーリア系で通るかもしれないが、何にしろここは宮中だ。アーリア人の少年がうろついている場所じゃない。
しかもこの混乱の中での落ち着きはらった態度を見れば、やっぱり闇の生きものに違いない。何せ連れているのが普通の狼の倍はある上に赤い毛並みでしかも翼までついているのだから。
少年の怪しさは折り紙つきで、本人も連れてる獣と同じくらい、いやもっとやばいはずだと体中の毛が逆立ってグルバに教えている。
――魔物ってのは知らんふりをするに限る。グルバらが、ザックに先を急ごうと告げようと口を開いた直後。
「門の内側に入った途端に上から石と煮え湯が落ちて来るみたいだけど、ザックはこのまま行くの?」
新しいお店ができたんだよと教えるようにクロードがザックに言って、自分の手を狼の顎に伸ばした。下顎を撫でるとゴロゴロと凄まじい音が聞こえる。一拍置いて、それが狼が喉を鳴らしたのだと気付く。
「本当か?」
「どう思う?」
「大人をからかうとぶっ飛ばすぞ、こらっ」
ザックの恫喝ににまりとしたクロードはひらりと狼に跨った。
「追いて来いよ、案内する」
「行くぞ」
クロードの後を追おうとするザックの肩をグルバが掴んだ。
「おい、ほんとに追いていく気かよ」
すると、ザックが振り向きざまにグルバの胸ぐらを掴んで顔をぐっと近付ける。
「おまえ、俺を信用してんなら、俺のすることも信用しろっ」
脅すような態度のくせにこれは懇願だ。そう気付いたらグルバは逆らう気にもなれない。ザックが好きで、奴とすごいことがしたくてここに来た。
ザックはもっと民族の未来や、仲間の生活やらを深刻に思っているらしかったが、グルバには実はそんなことはどうでも良い。
一緒にどでかいことをしたい。一緒にいるとまるで冒険物語の中に放り込まれたようにわくわくする。あのまま砂漠で暮らしていてザックと会わなかったらどうだったろう?
ハオタイの兵隊たちをサラマンダーを使って追っ払うなんて一体誰が考えつくと言うのだ。
何日もあの灼熱の砂漠で旅人を待って、はした金で案内人の仕事をする。それこそ、死ぬまで。
歩くことができなくなったら、あそこではそれは死を意味する。みんな自分たちの生活を守るだけで精一杯で動けなくなった他人の世話などしていられない。
そんな生活から抜け出す機会をザックは与えてくれたのだ。今更一緒に行かない選択などあるわけが無い。
「信用だぁ? それはこれが上首尾に終わってからにしてくれ。どうなるか確かめるために俺はついて行ってやるよ」
胸ぐらを掴まれたまま、グルバの腕が相手の胸ぐらを掴んで引き寄せると、怖いほど真剣な顔をしていたザックの頬が緩む。
「ねえ、小父さん二人がいちゃついてるを見るのって楽しくないんだけど。行くの、行かないの? それともここでもっと休憩しとく?」
水を差すようなクロードの声にザックが怒鳴る。
「うるせえ、ついてってやるから早く行け、クロード」
それを聞いたクロードが「アウントゥエン」と小さく言う。すると、狼は軽い足取りでクロードをのせたまま門の右の障壁に進んで行く。大きな体のくせに驚くほど音を立てないのは獣の習性なのだろう。
続いてザックらも急ごうとするが、地面の揺れはどんどん酷くなり、普通に立っているのも困難になる。遅れないように足を動かしていたが、後ろを向いて部下が遅れてないかを確かめる余裕も無い。
「……出やがったか」
目の間の瓦礫の山から触手が顔を出して、ザックは言うことの聞かない自分の膝を叱りつけるように拳で叩きながら走った。
「壁に向かって行くなんてどうする気だ?」
クロードの背中に大声をぶつけると「入口を作る」とクロードの軽い返事が返ってきた。何ふざけたことをとザックが言おうとした刹那、壁に青い光で釘で引っ掻いたような模様が左から右に現れる。
「な、何だあれ」
グルバの声が震えている。魔術を見るのは彼は初めてなのだ。砂漠の民にとって魔導師の存在自体がおとぎ話だ。
その模様は狼に乗った少年、クロードが口から出した言葉らしい。遠い国の言葉。古代レーン文字が輝きを増し、そこにいる楼蘭族の誰もが凄まじい光に耐えられず目を覆う。そこに続く平坦な声。
『爆』
途端に石組の崩れる音と風圧を感じて倒れ込んだザックらは、止んだ気配にやっと目を開ける。
そこに確かにあった分厚い障壁は、両側に名残を残して大きく口を開けていた。