サラマンダー来襲ー2
――ああ俺達は後戻りのできない道への扉を開けちまった。入ったと思った途端に帰ることは許されない道だ。
あえてそこを選ぶ者をあざ笑うかのような荒れ地がつづく道。ハオタイを敵に回すという破天荒な道を俺達は歩こうとしているんだぜ、兄弟。
そう大声で泣きたいような、笑いたいような、喜怒哀楽のどれを取ったら正解なのかも分らない、そんな気持ちのザックだった。
「助けてくれ」
一方大きな地震だと思っているハオタイの兵士たちはもう楼蘭族どころでは無い。秩序も序列も関係なく、あるのは助かりたいという保身の気持ちだけ。
地面の下から突き上げるような大きな揺れにザックらを囲んでいた兵士らは倒れ、大混乱に陥っていた。彼らにはこの地震の原因は分らない。彼らはサラマンダーを見たことも聞いたことも無いはずだ。そんな生きものがいることなど今まで知らなかったし、知る必要も無かった。その為に建物の中に逃げ込もうとして大騒ぎだ。
固まっているとそこに熱が集まり、それを感知したサラマンダーが襲ってくる。分散して逃げることが肝要なのだ。
「おいおい、そっちは危ないって」
大声を出すザックにグルバが呆れたような顔を見せた。
「あんた、敵に何教えてるんだよ」
「どうせ、誰も聞いてないって。それより、誰か門の外に出してログ―の綱を切ってやってやれ」
「分った。んであんたはどうするんだ? ザック」
「呪符を使いながらサラマンダーを内門の中に誘いこんでやる。二十人ほど手勢を持って行くぞ」
中腰で動き出したザックにグルバが続く。
「あんただけで行かせれるかよ、おいゴーワン、おまえの配下を連れて俺に続け。あとの者も体勢を整え次第、内門へ急げ」
「グルバ、おまえはここを……」
「大将、てめえが嫌がってもついていくってのは俺が決めたんだ。黙って前向いて俺にケツを守らせろ」
グルバの言葉にザックは苦笑いで応える。
「大将の言うことを聞かねえ部下ばっかりの部隊なんざ、先が思いやられる。別の意味で自分のケツが心配だぜ、惚れてるんじゃねえだろうな」
「そういう寝言は事が収まってからにしろっ、大将っ」
自分は、こいつら全員の命を守ってやれるのか。だが、やれると思わなきゃ一歩も動けない。だが、もう賽は投げられたのだ。ザックは呪を唱えながら内門へと向かう。
揺れはもう立てないほどになって門の護衛兵の姿も消えていた。門につづく障壁の瓦も全部落ちて砕け、地面は敷いている石板をぶち割って大きな棒で掻きまわしているように波打っていた。
そこに見覚えのある姿を見つけた。
銀に近い髪はあっちこっちに跳ねている。深い藍色の目はアーモンド形で。見た目は十代中頃のアーリア人の少年。
側に控えている赤い毛色の翼のある狼の頭に手をやって、揺れる大地の上で薄笑いを浮かべて立っていた。
全てが夢で。
あるはずの無い蜃気楼を見ているような感覚。
音と叫び声で耳がきかないくらいの混乱の中、そいつはそこにいるんだが、なんだか現実味に乏しかった。
そよ風の通る草原にでも立っているような暢気な様子は今はただ異質で恐ろしく見える。その悪夢の原因がこいつなんだと思いながら、それでも懐かしさが込み上げてザックは大声を上げた。
「クロード、てめえ、勝算はあるんだろうな」
「おい、あいつは何だ? 悪魔が姿を変えているんじゃないのか? ガキのくせしてこんなところで笑ってやがるぞ」
グルバが魔よけの仕草をして前にいるザックに呼びかける。
「おまえ、よく知ってるな。そうだ、あいつは悪魔だぜ、すこぶる性質が悪いな。だがその悪魔は俺の知り合いなんだよ」
ザックの言葉に、グルバがひえっともう一回魔よけの仕草を今度はザックに向けて行った。