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誘いー1

「アウントゥエン、サウンティトゥーダ、どこにいる? 出て来い」

 むっとするほどの濃い血の匂いの中、クロードが声を荒げるでもなく呼びかける。 するとそれに応えて黒っぽい大きな塊が二つ、焦土と化した空き地に降り立った。 それらが近づくにつれて吐きそうなくらいの生臭く金気のある匂いがあたりを覆う。

 突然、いきなり山が震えるような咆哮をあげたその塊がクロードの上に躍りかかり、その勢いに押されて少年はいとも簡単にその塊の下敷きになった。

 ものすごい吼え声と、長い舌が這いずる音があたりに響く。

 暫くして――下にいた少年が声をあげた。

「もう止めろ。顔も何もべたべただ」

 尚も舐めようとする舌を押し上げてクロードは起き上がる。

「いい加減にしろよ、おまえたち。こんなにしちゃって。体も臭いし、そんなだったらもう一緒に寝てやんないからな。今すぐ体を洗って来い」

 彼の声に不服そうな唸り声が返る。 それから、聞き取りにくい人間の言葉が流れた。

「すぐに迎えに来ると言ったのに、遅い」

 元は赤い魔獣がぼそりと言う。

「寂しかった」

 黒い魔獣も髭をそよがせながら長い首をクロードの肩にのせる。 それを聞いたクロードは思わず笑顔を浮かべた。使役しているこの魔獣はとても寂しがりなのだ。

「悪かったな、もう怒らないから体を洗うぞ。おれも一緒に行くから」

 怒っていないと分かったからか、クロードも行くと言ったからか、またまた魔獣は大きな咆哮を上げた。

 きっと、誰か通りかかったら恐ろしい化け物が吼えていると思うだろう。 牙を向けて大口を開けている二頭の頭をクロードが、がしがしと掻いてやる。

「嬉しいんだな、よし、よし。ラドビアスに言ってくるから」

 大人しく頭を垂れる魔獣の瞳からは、先ほどまでの荒々しさが消え去っていた。 彼らの主人たるクロードだけが、魔獣の興奮を収めることができるのだ。

 それを充分分っているラドビアスの元に戻って行くと、彼の姿を認めたランケイが青い顔でクロードの元に走ってきた。

「クロード? 大丈夫なの? ……それは一体?」

 血が服と言わず、顔や手足にもついて頭から異様な匂いをさせているクロードにランケイは怯えた顔になった。

「ああ、これはおれの血じゃない。あいつらと川に下りて洗ってくるよ」

「はい、ではお着替えと拭くものを」こんなことも想定済みのように差し出された衣類を掴むとクロードは元来た道を走り去って行った。

 ざぶりと水を被りながらクロードは、サウンティトゥーダの大きな頭に口を寄せる。

「おまえに行ってもらいたいところがある」

 ぶるりと大きく体を振るわせた黒いドラゴンが指示を待ってクロードを見た。 耳元でささやくように指示すると、黒い魔獣は一気にそのまま空に駆け上がりその姿を消した。

「今の、ラドビアスには内緒だぞ、アウントゥエン」

 クロードの言葉に赤い狼はべろりと長い舌で鼻先を舐める。

「内緒はいいな。おいしい」

「おいしいじゃなくて、面白いだろ」

 魔獣達は人語を操れるとクロードに気づかれてから、ぽつぽつと人間の言葉を喋るようになった。 だが、長く喋ってなかったからか使い方がまだまだ不自然だ。

「そう、オモシロイ。ラドビアスは不味そうだ」

 アウントゥエンは口の中にあるようにぺっと唾を吐いた。

 水の中で泳いだり、追いかけっこをしたりと遊んでいるうちに使いにやっていた黒い獣が戻ってきた。

「少しゆっくりとしすぎたかもな」

 クロードは、帰ってきたサウンティトゥーダから報告を聞いて立ち上がった。 二頭の魔獣と連れだって歩いて行くと道の端に座り込む少女と背筋を伸ばして別れた時のままの姿勢の男が見えた。

「ごめん、少し遊びすぎた」

「遊んでたの?」

 むっとした顔を見せた少女は、唸る魔獣に目を向けてから顔を逸らした。

「では、行きましょうか。クロードさまが遊んでいたおかげで、時間も押しております」

 淡々と嫌味を言いながらラドビアスは、魔獣を呼びつける。

「アウントゥエン、サウンティトゥーダ、山を越える」

 ラドビアスに不服そうな顔を見せた魔獣は「おまえたちに乗るのって久しぶりだな」というクロードの言葉にあっさりと尻尾を振り回して伏せの姿勢をとった。

「ランケイ、おれとサウンティトゥーダに乗ろう」

 クロードの言葉に黒いドラゴンが笑うように吼えて、隣の赤い翼を持つ狼は、抗議の雄たけびを上げる。

「あたし、乗れるかな」

 怯えたような顔を見せるランケイにクロードは手を差し出す。

「おれの後ろに乗って腰をしっかり掴んでたら大丈夫。アウントゥエン、さっき一緒にいたろう? 今度乗ってやるから」

 クロードの言葉に赤い魔獣は唸り声をあげながらも、渋々ラドビアスを乗せる。

「しっかりつかまった? ランケイ」

「ええ」

 その声の直ぐ後に、心臓が口から出るような急上昇でドラゴンは一気に空へ舞い上がる。 暫くは目も開けていられなくて、ランケイは必死でクロードにしがみついていた。

「ねえ、きみの村も見えるかも。見てご覧よ、綺麗な風景だ」

 背中越しにかけられる声にそっと顔を横にして下を伺うと、ランケイが思ってもみないような壮大な景色が広がっていた。

 茶色の海。 大きな砂の海のような大地にところどころにある恩恵。 緑の砂防林に囲まれたオアシスが点々と見える。 ああ――あそこからは、灼熱の地が広がっている。 こんなにも自分の住んでいた村は、砂漠に近かったのだとランケイは胸が詰まる。 低い潅木が所々貼り付くように生えているいる以外、岩だらけの山が背後に広がっていた。 あんな小さい土地に自分たちはしがみつくように暮らしていたとランケイは驚いた。

 だけど、幸せだった。 壊れる瞬間まで気づかないものだったけれど。

 割れてしまった幸せの欠片は元には戻らない。 それでも、その大事な物の一片でも自分は取り戻したいのだとランケイは思う。

「故郷に挨拶はできた?」

「……ん」

「だったら、いい」クロードが小さく言う。

「クロードは故郷をどうして出たの?」

「おれは――」

 その先の言葉は、いつまでも出てこない。

「クロード?」

 ランケイの問いかけに「聞かない約束だ、ランケイ」と短く返る。 ごめんなさいと痩せた背中に向かって言うと、「いや、ごめん」ランケイの言葉に反射したかのようにクロードの謝罪が返ってきた。

「おれのことは聞かないで」

 背中が細かく震えている。 彼も故郷を已むに已まれぬ理由で出てきたのかもしれない。

 生きることは、何かしら悲しくつらい。

 しかし、それだけに捕らわれていると不幸自慢に摩り替わっていく。

 相対する相手が自分より不幸なのが許せなくなるのだ。

 人は幸福でも不幸でも人と引き比べてしまう。 危なかったとランケイは息を吐く。

 そうだ、あたしはやるべきことがある。 ランケイは砂に反射して白く光る砂漠をさっきまでとは違う気持ちで眺めた。

「もうすぐ日も高くなります。影になるところを探して休みましょう」

 ラドビアスの声を合図に岩山の間に一行は降り立つ。

 ハオタイ国の陸の交通を妨げているのは、国のほぼ中央に大きな砂漠をかかえているからに他ならない。 その砂漠を抜けるのは、とても困難だ。 そのため、砂漠の手前で街道は大きく二手に分かれる。 砂漠を囲むようにある険しい山脈を北に向かう天山北路、砂漠の名残を残した遊牧民が多い地区を回る、夏山南路。

 いずれにしても大きく迂回するために、砂漠を越えるのは旅人にとって大変なことになるのは確かだった。

 ベオーク自治国は、そのハオタイ国の首都キータイの北の高地にある小さな都市くらいの広さの国だ。

 ハオタイの一部にあるのにも関わらず、ハオタイという強国に飲み込まれないのは、この国の特異性にある。

 この国は、魔導師の国なのだ。 大陸に散らばる魔導師を統べているのが、ここベオークの魔道教会で、ここから各国に軍師や策士、顧問など名前を変えて派遣された魔導師がその国々の宮廷を握っている。

 強大な魔術を使う一族が支配するこの国の権威は絶大で大陸にある国のどれとしてベオークの影響を免れない。




 じりじりと照りつける太陽の熱が岩を溶かすかとも思うほどだ。 この先にある大きなオアシスの街が砂漠の前にある最後の大きな街だった。

 岩山から下を見ると大きなバザールがある天幕が見える。

 その入り口に白っぽい布を頭からすっぽり被ったすらりとした人物が岩山を見上げて口角を上げた。 見えるはずはない。 普通の人間ならば――。

「やっと来たんだ。クロード、待っていたよ」

 嬉しそうな笑い顔にちらりと見えた口元の犬歯が鋭い光を放つ。

「あの赤と黒のでこぼこコンビも一緒か。ふんふん益々楽しみだな」



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