いざ、行かんー1
「戻ったか」
窓から飛び込んできた隼に手を差し出してクロードはその猛禽の頭を撫でた。
「その様子だと上手く事が運んだようだな、ラドビアス」
隼は頭を上下してクロードの人さし指に頬ずりした。
「おい、ラドビアス」
クロードの呼びかけに頭を捻ると、クロードが残念そうに声を上げた。
「ずっと隼ならいいのに」
「それは承諾しかねます」
擬態を解いてラドビアスがクロードに断りを入れると、横で寝そべっていたアウントゥエンの鼻に皺が寄った。
「笑うなよ、アウントゥエン。だって、ラドビアスが首をこう可愛らしく傾けるなんて見られないだろ?」
「見せたくもありません。さあ、こちらも動いた方がよくはありませんか?」
ラドビアスが追い立てるようにクロードを椅子から追い出した。
「隼だったら食ってやれるのに」
アウントゥエンが伸びをしながら言う。
「そんなもん食ったら腹こわすぞ、やめとけって」
「わたしがそんなもんですか、クロードさま」
言い合いを防ごうと口を出したのに、ラドビアスは妙なところに引っかかって来てクロードは口を閉じる。
「着替えたわよ」
その時、隣の部屋とここを仕切る扉が開いて、ランケイが出て来た。
「びっくりした。結構女の子みたいに見える」
置いていった姫の服に着替えて出て来たランケイはぐっと女らしくてこ、こにいるのが朴念仁二人と獣なのが惜しいほどだった。
「クロード、こいつは初めから雌だぞ」
「おまえだって雌じゃないか」
「そうだ、我は雌だ。可愛いか?」
「何、アウントゥエン可愛いって言ってもらいたいの?」
クロードの問いに赤い狼ははぁはぁと舌を出してクロードを見る。
「いつもおまえは可愛いよ。雌には見えないけど」
いつの間にか話題まで狼に取られていることに気づいて、ランケイはがっくりと肩を落とした。
「髪を結って化粧をしなければ。こっちに来なさい」
変な反応ばかりにランケイは浮き立っていた気分も吹っ飛ぶ。どんな理由があったとしたって綺麗に着飾るのは女の子にとっては嬉しいものだ。それをお世辞でも褒めるのが礼儀というものだが、ここにいるのはそんな事を分っている連中じゃない。
ランケイを椅子に座らせ、ラドビアスが器用に髪を結っていく。本当に何をやらせてもこの男は器用だった。あっと言う間に、束ねた髪を凝った形に結いあげると簪を何か所にも差し込まれた。
「目を閉じてください」
今度は顔にたっぷりと刷毛で塗られて、ふわっと大きな柔らかい刷毛で粉をはたかれる。目元に何かを塗られ、眉も描かれて、次に口元に移る。ランケイは、今自分はどうなっているのかが分らず不安になった。なにせ、この歳まで化粧なんてしたことが無い。
紅さえ引いたことが無いのだ。
――あたし、どんな風になっちゃってるの? 不安が募る。
そんな乙女なランケイの気持ちを推し量れる者が残念ながらこの中にはいない。
ラドビアスは終わるや否や、さっさとランケイの前に広げていた化粧品や道具をしまっていく。ここで鏡を差し出す優しさを求めるのは贅沢なのかとランケイは苛々と男たちを見た。
「はい、これでいいでしょう」
「うわっ、顔真っ白だぞ。これでいいの? ラドビアス」
「宮中は結構暗いのでこのように宮中の女性は顔を白く塗るんですよ、クロードさま」
「へぇえ、何か怖い」
「なんか臭いぞ、臭い」
「我慢しなさい、化粧品に含まれる香料の匂いです」
これが変身の終わった乙女にかけられた最初の言葉なんて酷いとランケイは唸る。
「変じゃない? ラドビアス?」
「わたしがしたことに変なことなんてありません」
ばっさりと返ってきた言葉はやはり的外れなものだった。ここにも乙女の気持ちなど分らない男が一人。
「もう、いいわよ。出かけるんでしょっ」
「いや、出かけない」
クロードが、はいと笑いながら太い紐をラドビアスに渡した。
「どういうこと?」
「ここに居ることを知らせたからもうすぐ捕縛に兵がやってくると思う。それまで君とラドビアスは紐で縛られていてね」
そういうとクロードはアウントゥエンの背に手を置いて片手で印を組む。
『変成、変転、変容、我の命により辺幅、変化せよ』
その声と共に狼の姿が赤毛の大男に変わった。
「きゃっ、早く服着てよ」
素っ裸のアウントゥエンが大きく伸びをしながらそこら辺を歩くのを見て、ランケイが悲鳴を上げる。
「服着ろ、ラドビアス服出してやれ」
「服は窮屈だから好かん」
「そんなわけにもいかないだろ? アウントゥエンはおれの叔父さんってことにしてる。とにかく子どもが二人を捕まえたなんて信じちゃくれないからな」
不承不承着替えたアウントゥエンの腕にぶら下がりながら、クロードはコウユウに擬態したラドビアスに笑顔を向け、ラドビアスがそれに応える。
「いよいよだな」
「いよいよです」